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教育基本法シリーズ��
「国家にとって教育とは一つの統治行為」!
by 小渕首相?
この恐ろしい一節はどこかの右翼の演説ではなく、なんと2000年小渕政府の諮問機関報告書から引いたものです。
政府が教育基本法を変えようとする狙いがここにあります。
小渕首相の時代
「第一に忘れてはならないのは国家にとって教育とは一つの統治行為」
この一節は小渕首相の諮問機関「21世紀日本の構想懇談会」の報告書である『21世紀日本の構想』(2000年1月)に含まれています。
教育の本義を「人格の完成」においた教育基本法に対し、この政府諮問機関は真っ向から反論し、統治行為(あるいは治安)こそ本義だと言い切ったわけです。
こうした思想の持ち主たちこそが今、教育基本法を変えようとしている張本人であることを国民に知らせていかなければなりません。それは教育の場面に携わってきた経験のある、議員としての私の使命です。
『人格の完成』はセルフサービス
教育基本法では教育の目的として、�/由覆隆粟�と�∧刃妥�な国家及び社会の形成者育成を掲げています。
しかし、この報告書では�△世韻�強調され、さらには「平和的な」とか「社会」が抜かれています。
すごいんですよ。「人格の完成」は教育の目的の「第二」だ、しかも「側面」だっていうんです。
ですから「人格の完成」=「自己実現の方途」については「国家の役割はあくまでも自由な個人に対する支援にとどまり」と消極的でさらに「近代国家が提供する様々なサービスの一つ」と見限ってしまっているのです。
教育の目的を国家による統治とし、人格の完成についてはまるでセルフサービス…。
教育基本法改悪派の「個性の尊重」とは?「平等」とは?
みなさん、これが教育基本法を変えろと唱える人たちはよく、「個性の尊重」が教育基本法に阻まれているといいます。
しかし、「人格の完成」はセルフサービスで、出身地が地方だったり生まれた家が貧乏だったりするのは「個人の自由」…というのが「個性の尊重」の本当の意味なんです。
かれらがよくいう“「平等」が戦後教育を退廃させた”という言葉には、教育基本法が作り出した「教育の機会均等」をなくしてしまおうとする狙いがあるのです。
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