日本共産党
杉並区議会議員
原田あきら
HOME
プロフィール
議員活動
すぎなみ探検隊
お知らせ
趣味のページ
リンク
議員活動
<< 戻る

原水爆禁止世界大会に行ってきました!��
原水禁大会って何?

image
荻窪体育館前の公民館跡記念像「オーロラ」。原水爆禁止署名運動の発祥の拠点となった公民館の歴史をとどめ、人類普遍の願いである永遠の平和を希求して建立されました。
 すでに二ヶ月近く前の話なんですが、8月4日から6日まで原水爆禁止世界大会に参加するため広島まで行ってきました。
 原水爆禁止世界大会って何でしょうか。世界で初めて被爆国となった日本ですが、それから10年後、再び日本人が核兵器の放射能で被爆することとなります。ビキニ沖水爆実験による第5福竜丸被爆事件です。

魚屋さんから始まった署名運動

 第5福竜丸の乗組員が被爆して死傷し、当時のマグロは被爆マグロといわれて極端に消費が減りました。それどころか魚の取り引き全体に大きな負の影響を与えたのです。
 当時の国民は日本人が魚を食べれなくなるという問題だけでなく、子々孫々にいたるまで身体と生活を破壊する核兵器の廃絶を訴えて署名運動に取り組み始めます。

えっへん!原水禁運動発祥の地は杉並なんです

 このとき、先頭に立って築地市場で署名を集め始めたいわれる魚屋さんがいます。実はこの方、杉並区民なんですよ。こうした方の運動とともに杉並には行政が管理する公民館というところに原水禁運動の全国センターのようなものがおかれたんです。署名は、当時人口が40万人弱の杉並区で2カ月足らずの間になんと27万人余りの署名が集められました。
 このため杉並は原水禁運動発祥の地という称号が与えられているのです。各地にもすでに署名運動はあったと思いますが、全国センターのような組織を行政の力も借りて自ら作り出した杉並の先駆性が認められたものでしょう。

原水禁運動はすぐに世界規模の運動へ

image
原水禁運動発祥の地という歴史を持つ杉並は1988年、「杉並区平和年宣言」を行っています。
 1955年に原水爆禁止日本共産党協議会が発足し、その次の年には国民の熱い運動の盛り上がりに応えて原水爆禁止世界大会が開催されます。核兵器廃絶の訴えが日本の国民から世界に訴えられ始めることになったのです。
 今年は被爆60年、原水禁世界大会50周年の年。いつもは広島と長崎、交互に開催地を動かしてきたのですが、今年は両市での連続開催が取り組まれることになりました。私はそのうち広島の世界大会と記念式典に参加するべく、毎年の子ども会キャンプを振り切り、行ってきたのでした。

率直に言って…

 率直にいって、本当に参加してよかったです。
 次回から写真をふんだんに使ってその日々や様子を特集!! って、また時間かかるんだよなあ。終わるのが2ヵ月後だったりして…。

image
平和年宣言記念像「ジーンズ」。区内に住む超有名な彫刻家、佐藤忠良氏の作品です。
<< 戻る

杉並区成田東4-5-14
TEL 3391-0977

Copyright(c)2004,AKIRA HARADA
本サイト掲載の記事、写真等の無断転載を禁じます。