議員の活動

田中正造翁の法要 及川議員と松本議員が参列

(右から及川議員、松本議員)
(右から及川議員、松本議員)
 北川辺を遊水地化から救った、田中正造が亡くなって今年で100年目になります。

 今月4日には、法要と記念式典が開催されました。これには、日本共産党議員団から、及川和子議員と松本英子議員が参列しました。






 田中正造は、足尾銅山鉱毒事件の被害者である渡良瀬沿岸の農民等とともに、鉱毒問題の解決のために、その先頭に立った人です。その過程で浮上した北川辺(当時は利島村・川辺村)と谷中村の遊水地化計画に反対し、当時の青年有志らを指導・激励して、北川辺を遊水地化から救いました。この運動が無ければ現在の北川辺の繁栄はなかったといっても過言ではありません。

 田中正造の没後、当時の村民たちは、田中正造の遺骨の分骨を願い出て、現在、北川辺西小学校の校庭にお墓があります。

 没後100年の今年は、顕彰委員会のみなさんのお骨折りで、お墓の改修や記念碑の施工などが行われ立派なほこらが完成しています。101回忌の法要は、地元の僧侶が読経するなか、参加者は1人ひとり、焼香をして遺徳を偲びました。 

 法要会の後、場所を隣接する北川辺西小学校体育館に移して、没後百年記念式典と講演会が行われました。
 
 この式展の中で、西小学校全児童による群読が披露されました。児童のみなさんは、日頃から田中正造について総合学習の授業等で学んでいて、「正造さん」と親しみを持って接しています。そんな児童全員による群読は圧巻でした。

 その後、北川辺出身の山岸一平氏(日本経済新聞社客員)が、「田中正造翁と北川辺」と題して記念講演を行いました。山岸さんは幼いころから、郷里の遊水地化・廃村反対運動や田中正造について聞かされていたそうです。この闘いをいつかは本にまとめたいと決意し、後年、「死なば死ね殺さば殺せ」という一冊に結実したということです。

 利根川と渡良瀬川に囲まれた輪中の地である北川辺は、田中正造に代表される先人たちの水との闘いの歴史を受け継いでいます。多くの住民の手によって、その歴史を後世に伝える活動が続けられています。
 
2013/10/15
 

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