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協同組合報vol.181
2018年4月号

インフォメーション1

人権を護る看護師になると決意した卒業式

勤医会東葛看護専門学校 21期生担任 菊池 静華

 2018年3月9日、勤医会東葛看護専門学校の第22回卒業式が行われ、看護学科21期生35名が卒業しました。

 21期生の決意文一部を要約して以下に紹介します。

●人間らしく生きるとは?

 地域フィールドの雇用グループは、公園で路上生活をする男性に話を聞きました。生活保護の申請をすると「住所がないから申請できない」と断わられたそうです。「お金がなくて病院に行けない。病院に行くくらいなら、食べ物を買いたい」と話し、病院へ行くことに対してハードルが高いと感じていました。憲法25条では“健康で文化的な最低限度の生活を保障する”と謳われていますが、「最低限度の生活とは何か」「私たちの生活は本当に豊かなのか」と疑問がわき、路上で生活している人が存在していること自体、最低限度の生活が保障されていないのではないかと思いました。人間らしく生きるということは、好きなことをしたり、好きなものを食べたりすることで初めて保障されると考えました。社会の仕組みや日本で起きている事実を知り、声を上げることで患者さんの生活や労働を護ることに繋がると学びました。

●もう一つの誕生日

 3年次『老年実習』では、ギランバレー症候群のG氏を受け持ちました。両上肢が動かせるようになって「今がリハビリのゴール」と評価されていました。「右手でご飯が食べたい」とG氏は感覚をつかもうと練習を重ね、食べることができるようになりました。G氏は、「次は排泄だな」「歩けるようになりたい」と発症前の体に近づくにつれ願いも発展していくと学びました。発症した日を「もう一つの誕生日」とあきらめずにリハビリを続けたことで、少しずつ手足が動かせるようになりました。新たな目標を持ち、発達し続ける姿に、人間の回復力に限界はなく、回復を応援する役割が医療者にあると学びました。

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●平和でなければ看護はできない

 研修旅行は、沖縄へ行き、元白梅学徒隊の中山きくさんの話を聴きました。中山さんは簡単な看護教育を受けただけで、軍の命令により手術壕で働きました。蛆がわいている人の手足の切断や、弾丸の摘出など凄惨な手術が行われていました。中山さんから「あなたたちにあのようなことはさせたくない」「平和でなければ看護はできない。平和な社会をつくる努力をしてほしい」と聴き、今の看護は平和だからこそできるものなのだと改めて学びました。

 ガイドの川満さんが「本土の人が関心を持てば基地はなくなる」「沖縄の人が基地に反対してもその人数は日本のたった1%にしかすぎません」「平和の反対は無関心である」と話してくれたように、“1票では何も変わらない”ではなく“1票で変えるきっかけをつくる”という気持ちで選挙に行くことが大切であると学びました。

●社会は変えることができる

 3年間の実習で受け持った患者さんにはいろいろな願いがありました。自宅で療養生活を送りたいと願う患者さんも多くいますが、実現が難しい現状もあります。その背景には何があるのか、総合実習のグループで、地域包括ケアシステムや社会保障、医療の在り方などについて研究にとりくみました。現在の地域包括ケアは国の医療費削減という狙いのもと、“川上から川下へ”というスローガンで、自助・互助・共助・公助の役割分担と順番が強調され、国が保障しなければならない責任を家族や個人に押し付けていることがわかりました。かつては岩手県旧沢内村の実践が全国に広がり、一時的に老人医療費が無料になりました。また、戦後は生活保護受給者の生活が最低限度以下でしたが、朝日訴訟をきっかけに全国に運動が広がり、生活保護の最低基準の引き上げに繋がりました。

 このように、闘いで勝ち取った権利もあると知り、一人ひとりが声を上げていくことで社会を変えていくことができると学びました。

●人権を護る看護師を目指します!

 決意文では以上のように3年間の学びを振り返り、最後に「患者さんの生活史や願いはみんな違います。臨床に立っても一人ひとり生きてきた生活背景をありのままに捉え、その人に合った応援は何かを考え続け、患者さんから学び続けていきたいです。日本国憲法が保障されるためにも社会の一員として責任を持ち、人権を護る看護師を目指します」と高らかに誓いました。

(写真/東葛病院組織部 山縣 良一)

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