はじめに
近年、患者・家族を中心とした質の高い医療を実現するため、多職種の連携・協働によるチーム医療の重要性が高まっています。チーム医療とは、一人の患者さんに対して、医師をはじめ、看護師、薬剤師、理学療法士などの医療従事者が連携し、それぞれの専門性を活かすことで、よりよい治療やケアを実現するための取り組みのことです。(図1)
また、さまざまな研究から「歯・口腔の健康と全身疾患との関係」(図2)が明らかになり、チーム医療における「医科・歯科連携」が推奨されるようになりました。厚生労働省では歯科衛生士(以下DH)をチーム医療の一員に加えることで口腔衛生の管理が徹底され、誤嚥性肺炎等の発生予防となり、円滑な治療に貢献するだけでなく摂食・嚥下障害、低栄養、口臭に対する専門的な医療行為が可能となり、入院患者さんのQOL(生活の質)向上や早期回復に寄与することが可能になるとしています。(図3)
東葛病院でも入院患者さんの感染予防と口腔機能向上、さらには病院全体の口腔衛生向上を目指し2016年2月より病棟にDHを配置して、口腔衛生の管理に取り組んでいます。
DHのチーム医療への参加
病棟のDHは、入院患者さんの口腔相談や口腔ケアをはじめ、他病棟からの依頼で口腔評価やケア指導を行い、必要に応じて歯科へ治療の依頼をしています。
また、現在は摂食・嚥下チーム、NST(栄養サポート)チーム、RST(呼吸サポート)チームに所属し多職種と連携し活動しています。各チームとDHの役割について紹介します。
【摂食・嚥下チーム】
摂食・嚥下チームは、摂食・嚥下障害により飲食が難しくなった患者さんが少しでも口から食べられるように働きかける目的で活動しており、嚥下障害のある患者さんのVF(嚥下造影)、VE(嚥下内視鏡)検査を実施し、内科医師、歯科医師、STとともに患者さんの咀嚼・嚥下状態の評価を行っています。
DHは検査実施患者さんの口腔状況と咀嚼評価、さらに誤嚥性肺炎予防のために検査前後の口腔ケアを行っています。(写真(1)、(2))
DH介入後の4月から11月までの調査では、検査実施患者さん108件中、約半数が口腔内汚染や乾燥、義歯未装着などの問題があり、そのうちの36名、検査実施患者さんの3人に1人が歯科的な介入を必要とし、義歯作成や調整、抜歯、虫歯治療などを行いました。
摂食・嚥下障害は口腔状況と関わりが深く、窒息や肺炎、低栄養など生命の危機に直接結びつくほか、食べる楽しみという人間の基本的欲求や生活の質にもかかわる重大な障害です。患者さんの口腔内環境を整え感染を予防し、治療や嚥下訓練を行うことで少しでも長く食べる楽しみを続けて欲しいと願っています。
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口腔ケア前 |
口腔ケア後 |
【NSTチーム】
NSTチームは、入院患者さんの栄養状態を評価し、適切な栄養療法を提言・選択し実施することで、患者さんの栄養状態の改善・治療効果の向上・合併症の予防・QOLの向上を目指す多職種チームです。(写真(3))
DHは、対象患者さんの口腔評価と口腔ケアを実施し、口腔状況(咀嚼)に合った食形態が提供されているか評価をします。咀嚼状態に合わない食形態を長期間摂取することは消化・吸収がうまく行われないために消化器症状が出現しやすく、低栄養に陥るほか、窒息の危険が高くなります。患者さんが安全に食事摂取できるよう口腔環境や口腔機能(咀嚼)の回復による栄養改善に努め、患者さんが美味しく食事が食べられるよう努めています。
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NSTチーム |
【RSTチーム】
RSTチームは、人工呼吸器装着患者さんに介入し人工呼吸器の早期離脱、再挿管率の減少、合併症発生率の減少を目指す多職種チームです。(写真(4))
DHは、人工呼吸器装着患者さんの口腔状況の評価及びVAP(人工呼吸器関連肺炎)予防のための提案と口腔ケアの介入をしています。また、気管切開や抜管時に口腔ケアを行うことで感染を予防するとともに早期経口摂取を目指し学習会や実技指導を行っています。
DHがチーム医療に参加することは、病院全体の口腔に対する意識向上とケア向上につながります。今後も多職種と連携して患者さんの感染予防と早期回復に努めていきたいです。
次に実際にDHが介入し、ADLの改善が見られた症例について報告します。
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RSTチーム |
症例紹介
A氏、70代、男性。石綿吹き付けの職人で60歳の時に塵肺と診断されました。その後、在宅酸素を導入し、自宅療養を続けながら付属診療所に通院していましたが2016年5月上旬、呼吸困難増悪で当院を受診されました。レントゲンの結果、肺気腫、COPD悪化がわかり入院となりました。酸素投与を増加等、呼吸困難緩和のための治療を開始しました。呼吸苦のためADL(日常生活動作)はほぼ介助が必要な状態でした。塵肺の状態が良くなく予後1ヵ月と診断され、家族面談を行った結果、本人、家族とも挿管、人工呼吸器装着は希望されませんでした。
◇DH介入
入院初日に「歯がしみて痛い」と話され口腔相談を行いました。口腔内はプラーク(細菌の塊)がべったり付着した状態で歯肉発赤、腫脹が見られました(写真(5))。また、1ヵ月前から痩せて義歯が合わないため使用できず、ミキサー食を摂取していました。しかし、家に義歯があるとのことで妻に持参をお願いしました。
夕方、持参された義歯を装着すると、歯にかけるバネ(以下クラスプ)がゆるいものの使用できたため、まずは口腔ケアと義歯慣れ訓練を開始し、歯科往診を依頼しました。
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入院時口腔内 |
◇口腔内環境・食形態改善
呼吸苦のため、自力での口腔ケアが難しいものの、毎日介助して行うことで、まずは口腔内環境の改善に努めました。歯の表面に多量に付いたプラークはそれを栄養にして虫歯菌が酸を出し、歯を溶かしていきます。さらに歯周病菌により歯肉に炎症が起こっていました。口腔ケアを行い、しっかりプラークを除去することで4日目には歯がしみる症状がなくなり、歯肉の腫れも引いたため義歯を装着しても違和感がなくペースト食が摂取できるようになりました。そこで、食形態を一口大(肉はひき肉対応)へアップさせ食事評価をしました。
A氏は久しぶりの固形食に「美味しい。自分で食べてみたい」と話され自力摂取したところ、呼吸状態の低下や痛みがなく摂取できたため食形態を変更できました。さらに夕方、歯科往診でゆるかったクラスプを調整してもらいました。
◇A氏の願い
口腔症状や食形態が改善すると、「上も新しい義歯にしてステーキが食べたい」とA氏は思いを打ち明けてくれました。上はクラスプのある保険の義歯でしたが、食べかすが引っかかるため下義歯のようにクラスプのない自費の義歯を希望されたのです。しかし、義歯作製には1ヵ月近くかかり、ターミナルであるA氏が作成に間に合うか、そして型どりなどの歯科治療に耐えられるかなど不安があり、病棟と相談し妻へ歯科医とともにIC(インフォームド・コンセント)を行いました。その結果、妻よりA氏の意向を尊重したい、と同意を得られ義歯を作製することになりました。
その後、A氏は療養病棟へ転科されましたが毎日の口腔ケアを希望されたため、口腔ケアを継続し、歯科治療に同行して体調に合わせながら義歯を作製していきました。
そして、ついに25病日目に義歯が完成!(写真(6))
義歯装着後は、妻や息子がA氏の好きな角煮やサクランボなどを持参してくれました。
そして、いよいよステーキです。妻が家から焼いて持って来てくれたのですが、食中毒を心配して良く焼きすぎてしまったため固くて噛み切れず…。A氏は「やっぱり焼きたてじゃないとダメだね」と話され、残念な結果になってしまいました。
しかし、何とかA氏の願いを叶え、焼きたてのステーキを食べる方法はないかと考えました。そこで唯一、病棟にキッチンのある隣の緩和ケア病棟の師長に相談。ところが、その病棟に入院している患者さんでないと使用することができない、との返答でした。
諦めかけていたところに、翌日からA氏の希望でリハビリが介入することになりました。そこでリハキッチンが借りられないかと考え、担当セラピスト、リハビリ課長に相談するとリハキッチンの使用を許可してくれました。さらに病棟師長、主治医に相談し、ステーキ摂取も了承が得られました。さっそくA氏に報告すると大喜びでその場で家族へ電話をかけ始め、すぐに日程や時間が決定しました。偶然にも29日、に・くの日となりました。
しかし、肉の日開催のためにはA氏の咀嚼力の強化や義歯調整、車いす乗車の耐久性向上、そして体調管理などさまざまな課題がありました。そこで歯科やセラピスト、病棟や家族にも協力してもらい、一つひとつの課題を克服して当日を迎えることができました。
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義歯完成 |
◇肉の日開催、そして次の目標へ
A氏が座って皆と食事をしたのは実に4ヵ月振り。食べたかったステーキ肉は、息子さんがわざわざ沖縄から取り寄せてくれた思い出の本部牛です。食事をしながらA氏は妻と旅行先で見た牛の話をしてくれました。「放牧場には急な坂があってね、牛が転んじゃって坂を転がり落ちたんだよ。びっくりしたけどね。本当にいいところだったよ」と。たくさんの思い出話を聞きながら、みんなで食事をし、和やかで思い出深いひと時となりました。A氏は目の前で焼いたステーキを美味しそうに、そしてなんと200g!も食べて皆を驚かせてくれました。
今回、ステーキを食べたい、という目的のため多職種が連携し、一つずつ目標を達成することができました。そしてそれは、次へつながる大切な一歩になりました。
次の目的。それは自宅への外出です。当日は私も同行させていただきました。A氏は目を輝かせて自慢のお庭を案内してくれ、大切に育ててきた鉢植えを見せてくれました。お昼にはお庭で好物の鰻と取れたての野菜をいただき、無事に帰院することができました。
さらにA氏は次の目的に向かって病棟での療養とリハビリを重ね、146病日目、ついに自宅への退院を果たすことができました。
◇A氏を通して思うこと
症例A氏においては口腔機能の回復で義歯装着が可能となり、食べたかったものが食べられるようになり、食事に関してのADLが改善しました。さらにA氏の目的達成のために多職種が連携し目標をクリアしていき、自宅への退院を果たすことができました。
ウルスラ・K・ル・ギンは「人生の旅に目的があることは良いことだ。しかし、一番大切なのは旅そのものである」と言っています。A氏にとっては目的を持ち、一つずつ目標を達成していくことは生きる意欲、そして生きる力になったのではないかと思います。
まとめ
今回の症例を通して、終末期における歯科的介入の意義を改めて実感することができました。
A氏にとって、口腔機能の回復は食べる楽しみ、喜びとなりADLを改善させ生きる意欲を引き出し、QOL向上につながるきっかけになったのではないかと考えています。余命1ヵ月と診断されたA氏は、診断から8ヵ月を迎える今も元気に、そして自分らしく自宅療養を継続しています。
病棟DHとして今後も患者さんの思いに寄り添い、口腔を通して全身の健康維持、増進に寄与できるよう努めていきたいと思います。