東京勤医会看護部は、毎年管理者研修会を年2回行っています。今年は7月17日に第1回を行い、3病院師長・訪問看護ステーション所長・診療所師長・看護学校教務の40名が参加しました。
●研修の目標と内容
今年は全日本民医連総会で「新綱領」が確定した歴史的な年です。そこで研修は、(1)医療・看護を巡る情勢と新綱領を学び、民医連の歴史、新綱領に確信をもち、日常看護管理が実践できる。 (2)法人看護部方針・各事業所方針を学び、管理者として法人全体の方針実践の先頭にたてる、ことを目標にしました。
具体的には、以下の内容で研修をしました。
1、「身近な情勢から綱領を学ぶ」として報告を受ける
(1)病院から、(2)在宅分野から、(3)看護学校から、(4)特別報告
2、看護を巡る情勢と法人看護部方針について:志田が報告しました。
その後「総会方針・新綱領・看護部方針を学び、民医連看護をさらに発展させるためには…」をテーマにグループワークに入りました。全体的に民医連看護の実践に確信がもて、参加者が元気をもらえた研修でした。
それでは、内容を要約して紹介します。
1、報告
(1)病院から:東葛病院6西病棟・五十嵐きよみ師長「事例報告」
重度の褥創の治療目的で、高齢者専用住宅から入院されたAさん。皮膚排泄ケア認定看護師とチームで取り組み、褥創はみるみる改善。生活保護を受けているAさんは、「高齢者専用住宅での生活はひどかった。お金を使わせてもらえない。もうあそこには戻りたくない」と訴えます。そこでは十分な介護は受けられず、褥創が発生してもエアマットもなく、夜間もおむつ交換はない状態。月6千円のみ本人へ手渡され、とても人間らしい生活をしていたとは思えません。病気や障害があり、働くことはできず、家族もなく、生活保護を受給している人から利益をあげようとすることに憤りを感じます。事例を通じて、「共に泣き、共に喜べる、そんな看護がしたい!」との言葉が参加者の胸をうち、患者に寄り添う民医連看護の実践に確信がもてました。(「医療と福祉」2010年6月号「看護NOW」に記事掲載)
(2)在宅分野から:外苑診療所・大井安子師長「千駄ヶ谷地域の訪問診療の様子」
以下の2点について報告します。(1)外苑診療所の訪問診療状況からみた、地域の療養されている高齢者の実態。(2)代々木病院や薬剤訪問、訪問介護、特に訪問看護ステーションとの連携により、いかに在宅療養が支えられているか。
外苑診療所の管理患者数は154名、平均年齢は85.0歳。90歳以上が62名40%、100歳以上が9名、最高齢は105歳です。超高齢の方が多く、また独居率45件29%、高齢者世帯38件25%と不安を抱えながら過ごされています。医療処置のある方も多く、胃ろう21名、尿道留置カテーテル11名、HOT6名、IVH1名、気管カニューレ6名などです。
10年以上寝たきりの方もおられ、介護されている方の苦労は大変なものがあります。急変時は代々木病院に入院させてもらえるとのこと。介護疲れを起こさないようレスパイト入院をしたり、諸々のサービスを利用し支えられています。
(3)看護学校から:看護第2科・机みどり先生「学生の状況について」
社会情勢を反映して経済困難を抱えた学生が増えています。新カリキュラム開始に伴い、授業時間数が増加。1年生は「読む力・書く力・考える力・まとめる力」をつけるために『文学』の授業を取り入れました。短歌を詠む授業では、「頑張って 娘の励まし元気出る 気合いで乗り切る 学生生活」「会いたい友 沢山いても メールでがまん 未来の私に エールを送る」など、新生活に戸惑いながらも前向きに頑張ろうとする姿が表現されています。2年生は、各論実習を通して学びが広がり発展しています。成長は一様ではありませんが、前に進もうと頑張っている学生たちの願いを応援していきたいと思います。
(3)看護第1科・江藤ちひろ先生
看護第1科は今年度43名の新入生を迎えました。入学生は、社会人経験者(特に介護職)・シングルマザー・大学卒業者が増加しています。経済困難を抱える学生も多く、勤医会の奨学金制度の変更後、約8割が勤医会の奨学生です。
1年生は6月に3日間の基礎実習を行いました。Aさんはアルツハイマー型認知症のSさんを受け持ちました。実習を振り返り、「Sさんと話がすすまなかったのは、自分自身の中に『認知症の人』という先入観があるからだ」と気づき、人間観構築への第一歩を踏み出しました。資格志向の学生達が増える中、患者さんを通して人間観・社会観・労働観・看護観をどう伝えていくか、学校として教育力が試されています。
(4)特別報告:東葛病院付属診療所 吉元留美子師長「普天間基地問題と沖縄民医連のあゆみ」
普天間基地ができたのは、1945年6月。住民を巻き込んだ激しい地上戦を生き延びた32万人(死亡20万人)の県民を収容所へ隔離した。その間に、住民の住んでいない、利便性の良い土地を、勝手に金網で囲い軍用地にした。現在ある米軍基地の7割が、占領下に国際法を無視して略奪されたもの。
本土が高度成長の時期、沖縄は医師不足にも関わらず、琉球大学への医学部設置が拒否された。また、何の検疫の検査も受けていない米兵から、風疹が若い妊婦に感染し、先天性風疹が大流行した。1960年には、沖縄民医連の準備会が発足。沖縄の本土復帰直前の医療は劣悪で、「金の切れ目が命の切れ目」であった。1969年民医連第16回総会で沖縄への民主診療所建設が方針決定。本土にいる沖縄出身医師学生も中心になり、カンパ活動が取り組まれた。1970年12月、古い民家の診療所が誕生。1972年、長年のねがいであった本土復帰を勝ち取り、公的医療保険の開始。1976年3月沖縄協同病院(139床)が開院。民間ではじめての夜間外来、救急外来、夜間透析を開始。
未だに基地は居座り続け、沖縄県民を苦しめている。日夜、戦闘機の爆音にさらされている妊婦への影響は、未熟児出生の多さにもあらわれている。命の守り手として、多くの命を犠牲にする戦争には反対の声を! お金の心配をしないで、安心して医療を行うためには、制度を変える運動の先頭に!
2、2010年度勤医会看護部方針について 志田栄里子
以下の方針を確認しました。
(1)看護師確保を成功させ、安定的な看護体制を確立していきます。
(2)東葛病院の増改築議論に積極的に参加します。
(3)診療所・訪問看護STなど在宅分野との連携を強化します。
(4)患者利用者の人権を守り、看護の質を向上させ、安全・安心・信頼の看護を提供していきます。認定・専門看護師などの交流と活躍の場を作ります。
(5)後継者育成を計画的に行います。
(6)法人全体を視野に入れたローテーションを計画し、在宅から急性期まで看護実践できる看護師育成を行います。
(7)全日本民医連、東京民医連総会方針を学び、民医連職員としての自覚を高めます。
(8)他職種と共同したチーム医療(緩和ケア・栄養サポートチーム等)に力を入れます。
●グループワークでは
それぞれの部署の活動交流を行う中で、「後継者を育てるために、師長が生き生き頑張っている。自分も、人を育てられる師長になりたい」「患者の思いに寄り添う民医連看護が実践できていることを知り、勇気づけられた」「民医連看護は患者さんを選ばないので大変さはあるが、その中にも喜びがある」「日常看護実践『キラッと看護』をまとめることで、今やっている看護に確信がもてる」など、管理者としての具体的課題が確認できたディスカッションになりました。