橋場公会堂って知っていますか。
全日本民医連や医療法人社団健友会の前身の一つ、中野勤労者医療協会(中野勤医協)の歴史に深い関係があるこの建物が2010年1月で閉鎖されることを知り、健友会の1月理事会はここで開かれました。
●八十数年の歴史を誇る
住所は東京都中野区中央4丁目。JR中野駅南口から徒歩10分。建設は1923(大正12)年の関東大震災直後。八十数年の歴史を誇る公会堂です。
公会堂と言えばホールを連想しますが、ホールというより田舎の木造の公民館です。畳の座敷に小さな舞台。入り口には銭湯にあるような懐かしい下駄箱。壁にはぜんまい式の振り子時計。「昭和の香り」がします。主に地域の集まりや、落語の寄席、演芸などの催しに使われました。
●全日本民医連結成総会の会場に
深い関係とは。まず全日本民医連。結成総会の会場が橋場公会堂でした。全日本民医連の当時の略称は「全医連」だったそうです。1953(昭和28)年6月7日、117の病院・診療所から代表200人余が集まりました。司会は、当時中野勤医協・城西診療所の佐藤正文医師が勤めました。
中野勤医協でも、法人、労働組合が様々な激論の会議をもち、歴史を作ってきました。
橋場公会堂、お疲れ様でした。