共同組織活動交流 in 長崎レポート
みさと協立病院3階南病棟 鈴木芳枝
前列右端が鈴木さん
6月21〜22日、私は憧れだった長崎に行くことになった。第10回全日本民医連共同組織活動交流に参加するためだ。
友の会の藤原さん、萩原さんと駅で待ち合わせて出発。二人はとても笑顔が素敵な方で、すぐに溶け込むことができ、旅も楽しいものへとつながっていった。
1日目は肥田舜太郎先生の記念講演「いのち」を聴くことができた。原爆が落とされたあの8月6日、先生は医師として働いていた。先生も被爆者の一人である。戦争やいのちについて、私は学生の頃から、患者さんや体験者の方から何度か話を聴いてきた。何度聴いても、その悲惨さに体が震える。今年93歳になられる肥田先生のお話は、「いのち」というものが本当に尊いものなのだと改めて実感する内容だった。戦争は二度と繰り返してはならない。平和は私たち一人ひとりの権利でもある。それが当たり前の世の中であるべきだと思う。オバマ大統領がプラハで発言した核兵器廃絶の言葉に皆が期待をかけているのではないだろうか。
2日目は分科会が行われた。日本中の友の会の会員が参加していて、地域での取り組みや会員さんの増員報告などが聞けた。友の会エコバックとか、無料送迎バスの実現などの報告もあった。みさと協立病院も地域に密着という点では、友の会の存在が大切である。
長崎は、人も街も温かくて居心地が良かった。2日目は行きたかった観光地にも行くことができ、現地の人とも交流もできた。そして、何よりも食べ物が美味しい♪ お小遣いのほとんどが食べ物に消えたなと思う。長崎は見る所もいっぱいあるので、また行きたいなと思う。よかばい長崎!! すいとぉ〜よ♪ ありがとうございました。
原水禁バザー
みさと協立病院2階南病棟 細谷敏子
2南では、原水禁のカンパ活動で7月15日にカレーライスなどの販売を行いました。販売メニューは、メインのカレーライスの他におしんこ、ポテトサラダ、スイカなど。スイカ以外は全て病棟スタッフによる手作りです。
当初はカレーライスのみの予定でしたが、カレーライスだけでは淋しいのでは?という意見が出て、おかずを作り販売することにしました。原水禁バザーの前日、料理の下ごしらえをしました。病棟スタッフは、料理の手慣れている者から料理若葉マークの者まで楽しく作りました。日勤を終えて参加してくれたスタッフや、お休みなのに出て来てくれたスタッフもいて、2南のチームワークの強さを改めて感じることができました。初めてカレー作りをする人もおり、料理若葉マークの人はじゃがいものむき方をおそわったりなど、コミュニケーションの場となり、大変楽しい時間となりました。初めてカレー作りをした人はとても感動して、調理する自分の様子を写メでとったりしていました(笑)。
販売当日は、たくさんの人が買いに来てくれ、うれしかったです。「おいしかったです」と声をかけていただいたりして、普段の病棟勤務とはまた違った充実感を得ることもできました。反省すべき点は、急ピッチで準備を進めたため、カレーライスのポスターを掲示してから他のメニューを作ることになり、他のメニューの値段や販売告知ができなかったこと、また当日、人手がある所を選んだつもりが、当日の日勤スタッフが3人原水禁バザーの販売に出てしまい、残った病棟スタッフに業務負担がかかってしまったことです。
原水禁に向けて目標を決め、みんなで一つになって取り組み、普段の業務とはまたちがったコミュニケーションづくりもできて、楽しく貴重な体験ができました。
市民農園奮闘記(その1)
代々木歯科 木村和正
我が家に抽選にあたった市民農園の契約のはがきがきた。普段、シンビジュームなどを育てているので、家族から期待された。
しかし野菜などつくったことがない。とりあえず図書館に通って、妻がいろいろとみつくろってきた本に目をとおすことにした。不安をかかえたまま、現場に行ってあたりを見回してみると、4月のはじめには何も植わっていなかった。家に戻り、ベランダで育てた「ローズマリー」を鉢から畑へ移植して、キッチンにあった「ジャガイモ」を少し植えた。
5月に入ると、周りの区画がにぎわってきた。すでに何度か抽選にあたり経験がある人たちが多いようだった。私も「ナス」「ピーマン」「さつまいも」をひとつずつ植えた。
種からも育てようということになり、「サラダかぶ」「イタリアンパセリ」「ビーツ」の種を不織布をはったトレイで水につけた。すぐに「かぶ」は芽をだし、「パセリ」も1週間くらいだった。
「ビーツ」は結構待たされたが無事発芽した。ここからポット植えにし、さらに2週間くらいたったころ、畑にマルチング(ビニールシートなどで根本を覆う)を施し、「かぶ」を植えた。
虫よけに寒冷紗をかけた。「かぶ」はベランダでポット植えのときから、虫にくわれたけれど、畑に植えてから、葉が硬くなりあまりぼろぼろにならなくなった。
6月22日、ついにはじめての「かぶ」の収穫。早速家に持ち帰り、切る段階から香りがした。かぶのコンソメ、浅漬け、葉のおひたしがテーブルに並んだ。しばらく葉物を楽しめそうだ。完全無農薬、はっきりと味のちがいを感じた。
農家の苦労は並大抵ではない。そう言いきれるようになった。作る人の気持ちにすこしばかり、触れた気がした。
果報者
健友会 菅井一郎
今年3月より健友会医活部長の職についております。それ以前の約3年は勤医会東葛病院へ出向研修をさせて頂いておりました。中野共立病院の建て替えの際に多くの職員が出向しましたが、私自身は旧病院建物が更地になってから一番後に病院を去り、そして新病院が完成し業務もひと段落した後に戻ってきた次第です。
その間の健友会の全職員の奮闘と前進の姿に本当に感動しておりましたところ、今般、医活部長という大役を受け、その任の大きさに身の引き締まる思いで日々業務に当たっております。ただ、人間が雑にできておりますため、関係する皆様にご迷惑をおかけして毎日を送っております。
東葛病院の思い出は、江戸川土手周辺の季節ごとの自然の移ろいの豊かさと、なにより職員や友の会の素晴らしい皆さんとの出会いでした。話には聞いていた東葛病院の再建とその後の医師の臨床研修や医療・経営課題にいつも前向きに取り組み、こたえを出し続けている職員の皆さんの姿、日常の業務や会議・健康祭りや友の会班会での、先生方・看護師さん・技術系の皆さん・事務職の方々の明るく前向きな姿、そして東葛病院を我が事のように考え支えてくださる友の会の皆さんの姿に「ここにも、民医連があったのだ、仲間の頑張りがあるのだなぁ」と心から感じた次第です。民医連職員冥利に尽きる体験をさせて頂いた東葛病院の皆さん、本当に有難うございました。
わたしは杉並の西荻窪診療所に20年前に就職し、中野勤医協と健友会の法人合同の先駆けで中野共立病院に出向、そして今回の出向を経験しましたが、その度毎に地域も違い、歴史や成り立ちも異なり、初対面のはずなのに、「どこかで会ったことがあるような、昔から知っていた」ような方々と出会い、その頑張りや思いに学ばせて頂けました。そして、いま古巣の中野に帰ってきて仕事に付けるとは本当に果報者だと感謝している次第です。ちなみに、私の携帯の待ち受けは東葛病院を背景に一面に広がる田んぼの稲穂の写真です。
俳句(第13回)「春夏秋冬」 荒川渓舟
ざるいっぱい ゆでる枝豆 夫を待つ
手術着の 素肌にかたき 夜の秋
新涼や ネクタイきつく しめなおす
深大寺のハスの花
(投稿者/東京勤医会 加藤恵美子)