倭城(わじょう)という言葉はあまり聞き慣れない言葉だと思います。16世紀の末、豊臣秀吉が朝鮮を侵略したときの遺構です。日本では「文禄慶長の役」と呼ばれるこの侵略戦争は、二度にわたり十数万の兵を派遣するという大規模なものでした。韓国の文化財の多くもこのときに焼き払われたと言います。
倭城はこのとき、長期戦にそなえて作られた本格的な日本城郭で、今もその遺構が南海岸に沿って二十数ヵ所残っています。中でも釜山から車で1時間ほどの蔚山(ウルサン)市にある西生浦(ソセンポ)城は、加藤清正が築城したもので、見事な石垣がほぼ完全な形で残っています。
最近は旅行案内書などでも紹介されるようになりましたが、辺鄙なところにあるためか、何回か訪れてもめったに人に会うことがありません。ひとり静寂のなかで400年前の石垣に腰をおろすと、当時の様子が浮かんでくるような錯覚にとらわれます。
民家の礎石に使われている石垣
天守台跡の石垣
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