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協同組合報vol.58


民主的な“民度”を高め、きちんとものが言える職場環境をつくる

●過去に戻してはいけない

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左から森岡さん(書記専従)、金城さん、森上さん、柳田さん(書記次長)、高木さん

 今月号から新しく「組合を訪ねる」企画を開始することになった。トップバッターは東葛分会だ。まず上部団体である東京民医労(東京民医連労組)について簡単に説明すると、東京民医連の病院、診療所、薬局、福祉施設などで働く医療・福祉労働者でつくる20の組合(現在は支部)で構成され、4000人を超える仲間が加入している。東京民医労は東京医労連に加盟して活動している。民医連の労働組合は大半がユニオンであり、正職員は全員加盟する。

 東葛分会は組合員460人(東葛430人、(株)リップル30人)の大所帯だ。約10年前に看護師として東京勤医会に入職した森上恵子執行委員長は、看護師の労働条件に感動したという。例えば、「月8日以内夜勤を守りましょう」という夜勤協定があること、妊娠したことを申し出れば夜勤が免除されること、12時間オフ(勤務と勤務の間を12時間あける)が守られていること、などだ。

 「私は労働組合のない、労働基準法なんて存在しないような一般病院で、月13日夜勤、13日日勤、時間外150時間、休みは4日のみ、という働き方を何年も続けてきました。12時間オフもありませんから、準夜のあと2、3時間残業して、朝方少し寝て8時半からまた働く。家に帰ることもできず、病院で白衣のまま仮眠をとるため、パジャマもいらないという日々でした。さらに夜勤免除もありませんから、産休に入るまで月13回夜勤、13回日勤をやっていました。人間の生活ではありません」

 これは過去のことではなく、今でも、組合がなく、こういう働き方を余儀なくさせられている病院がまだまだある、と森上さん。「東京勤医会の労働条件は、組合の先輩たちの長年にわたる涙ぐましい努力があってのことです。先輩たちに感謝しつつ、過去に戻してはいけないという思いで組合活動をやっています」と話す。

●再建運動で発揮された組合の存在意義

 東葛分会の前身である東葛病院労働組合は1982年12月に結成された。その年の7月に地域の大きな期待を背に東葛病院は開院したのだが、無謀な経営計画はスタート直後から破綻、初年度8ヵ月で4億円という巨額の赤字を出し、83年9月、開院1年で倒産状態となった。この非常時の中で、労働組合は幾度となく苦渋の選択を迫られながらも、「病院存続」を最優先課題として歩んでいく。

 「ともすればバラバラになりがちな職員をまとめていたのが労働組合でした。組合がなかったら、再建は不可能だったと思います」。組合結成直後から90年まで執行部で活動してきた金城建栄さんの言葉は重い。

 職員をまとめるとともに、組合は決定的な役割も担った。「真っ先に取り組んだのは、組合の顧問弁護士の指導のもとに、病院の資産全てを組合が譲り受けることでした。土地建物はもちろん、診療報酬の受け取り先も組合にしました」と金城さん。この措置は銀行や建設会社による競売を困難にさせ、再建に向けての大きな一歩となった。

 次に労使の協力による組織を立ち上げた。労働組合と新理事会は、(1)医療を継続する、(2)住民債権者の権利を守る、(3)職場を守る、の3点を合意し、ともに再建をめざすことを確認、「東葛病院再建行動本部」を設置する。そして、ただちに債権者宅を訪問し、お詫びし理解を求める活動を開始した。「労働組合は何をしていたんだ! あんたたちにも共同の責任があるんだ」と叱責されることもたびたびだったと金城さんは振り返る。

 再建の道のりは険しく、大学派遣の医師が引き上げ、医師体制の崩壊が始まった。資金繰りも日に日に厳しくなっていった。やむなく理事会は希望退職をつのることを組合に申し入れた。組合は激論の末、身を削ってでも再建の道をめざすことを決意し、「人員削減、労働条件切り下げ」に同意した。結局、事務系や看護助手など50余人が退職した。

 病棟はついに内科1病棟だけとなり、医師体制は3人のみ、倒産時に115人いた看護師は28人になった。「崖っぷちに立たされたそのときに東京民医連の支援が始まり、それが全国的な支援に広がって、『民医連的再建』が進んでいきました。私たちは再建運動を通して民医連運動を学び、組合員として成長しました」と金城さん。そして93年、旧東京勤医会との合同によって東葛病院労働組合は東京勤医会労組東葛支部として出発することになる。

●魅力ある組合活動って?

 では、今の組合活動はどうだろうか。「東葛分会ニュース」第7号(07.12.19)に掲載された「青年部活動が復活しました」という記事を読んで、正直、驚いた。「復活」と書かなければならないほど、青年部活動が止まっていたということか。

 森上さんは、「日本の組合運動が衰退していると同じように、東葛分会もまた低迷していることは事実です。大勢の青年職員がいるのに、青年部の活動もストップしていたんです。私が執行委員になった4年前には活動している執行委員自体が少なくて、会議が成立しないこともありました。『ちゃんと機能する執行委員を増やし、議論できる会議にする』というところから始めたんです」

 どうすれば参加したくなるような会議にできるか。ものが言える雰囲気はどうやったらつくれるか。そもそも組合の存在意義ってなに?――森上さんたち執行部は、昼休みなどを利用して各職場を回り、組合員一人ひとりの声に耳を傾けた。団体交渉のときには、森上さんは自分の休暇をとって各職場を回り、「看護師の悩みは看護師が言わないと、身近な問題として伝わらないんだよ。団体交渉に出て考えていることを話してほしい」と呼びかけた。

 「医療情勢が悪化してきて、週37・5時間を40時間労働にしたいといったような不利益変更提案がどんどん出されてきています。受け入れるかどうかという結果よりも、その問題をどこまで話し合えるか。それをきちんとやることが、民主的な“民度”を高めることにつながると思っています。とことん話し合うことができ、きちんとものを言うことができる職場環境をつくる。そして、やめたくならない職場をつくる。これが組合の役割です」

 そのために森上さんたちは、常に組合員のほうを向いてアンテナを張り、組合員が何を考え、何を悩んでいるかをつかむ努力をする。「実際に組合員のところに出向き、理解を得るための地道な努力をすること。頭デッカチの組織論では組合活動を持ち上げることはできません」と森上さんは明快だ。

●地域全体で取り組む

 医療や福祉の問題は地域全体で取り組むことが大事だ。東葛地域労連には6000人が加盟しており、組合員の多い東葛分会への期待は大きい。「医療現場は仕事が過密で地域に出て行くのが困難ですが、そこを乗り越えて結集できるように工夫するのも執行部の役割です」と書記専従の高木實さんは強調する。

 千葉県の医師・看護師数は人口10万人に対して医師146人、看護師438人で、47都道府県中、45、46番目という低さだという。県でも問題視しており、県立の医療・福祉大学を建設する計画を発表した。地域全体で『看護師確保、地域医療を守れ』の運動をすすめていくことが焦眉の課題であり、東葛分会の役割はますます大きくなっている。また、東葛病院の再建運動がそうであったように、地域に出ることが、組合活動の大切さややりがいをつかむきっかけにもなる。

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