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東葛病院 5東病棟 大野 碧
朝の忙しい検温。とにかく時間内にまわりきる。そんな日々をくり返していました。ある朝、胃がんのターミナルで入院していたMさんの病室を訪室したときでした。窓の向こうに朝日に照らされた綺麗な富士山が見えました。Mさんも、付き添っている奥さんにベッドの頭を上げてもらい眺めていました。
私は検温の途中「わー綺麗ですねー。私は岡山出身だから富士山みると嬉しいんです」とつぶやくと、Mさんの奥さんが「もしかして……看護師さん、学生さんのときに母をみてくれた方? 母はKです。あのとき、神楽の写真を見せてくれた……」。私はとても心に残った実習であったため、すぐに思い出しました。
●「しゃんとせにゃいけん」
Kさん(当時97歳)は島根県の石見の方でした。娘夫婦や孫に会うため「これが最後になるかもしれない」と遠い流山まで飛行機に乗ってきて、楽しい時間を過ごしていたとき不調を訴え、東葛病院を受診。心不全と診断、入院されていました。そのとき私は看護学校3年生。学生時代の最後の内科実習で受け持たせていただきました。私自身は岡山県倉敷市出身でしたが、母が島根県出身だったため、Kさんとお会いしたときはなんだか自分の祖母のような気がして身近に感じていました。
ぐったりしていても、いつも「しゃんとせにゃいけん(しっかりしないといけない)」と自分に厳しかったKさん。知らない土地で闘病するKさんに少しでもホッとしてもらいたくて、たまたま夏に撮った島根で有名な石見神楽の写真を見てもらいました。Kさんは自分の生い立ちや思い出などたくさん話してくださいました。
3週間という短い実習はすぐに終わり、その後Kさんは娘さん夫婦の車で何泊かしながら島根県まで帰ったことを看護学校の教員から聞きました。
●患者さんからパワーをもらって
Mさんの奥さんはこんなことを教えてくださいました。「もう看護師さんになっとるかと思ってましたけど、こんなに立派になって。ずっとお礼を言いたくて……神楽の写真をお母さんはすごく喜んでね、99(歳)まで生きました。あのとき、島根まで車を運転したのが主人(Mさん)だったんですよ」。Mさんの奥さんと共に私も涙を流しながら偶然のめぐり合わせに喜び合いました。Mさんも意識レベルは下がってきていましたが、少し微笑みうなずいてくださいました。
学生の間はなにもできなかった私の成長を願ってくれる、学ばせてくれる方に出会えるだけでも幸せで、至らないことばかりでした。しかし、あの神楽の写真がKさんの千葉から島根まで帰る力のほんの一部にでもなれたのなら、本当によかったと思いました。こうして、患者さんからパワーをもらい、明日への看護につなげていけると思う体験でした。
残念ながら、Mさんはその数日後に息を引き取られ、最後に立ち会うことはできませんでした。Mさんのご冥福をお祈りいたします。