看護師のとまどい
――中野共立病院は2007年2月にリニューアルオープンし、もうすぐ1年を迎えます。「高齢者の暮らしを支えていく医療を提供する」という医療構想のもと、療養病床55床を開設し、一般病床55床と合わせて110床で出発しました。今日は師長さんたちにお集まりいただき、1年を振り返って、何が大変だったか、どんな工夫をしたかなど、現場での取り組みに焦点を当ててお話しいただきたいと思います。では、一般病棟師長の吉井さんからお願いします。
吉井さん
【吉井】最初の半年は、業務の流れ、看護記録のシステムなどの基盤を作るのが大変でした。物質的にもそろっていない中で、患者さんの安全を確保していくことにすべての神経を使ったように感じます。
医師体制が不足する中で、東京民医連の各病院から先生方が支援に来てくださっているのですが、どうコミュニケーションを取っていくか……先生方にもご苦労をおかけしたと思います。当直のみの非常勤の先生もいて、夜間の看護師と週に1回しか来ない先生とのコミュニケーションは大変でした。
――どんな工夫をされましたか?
内さん
【内】工夫というよりも、看護師に少しずつ余裕が出てきたんだと思います。「患者さんの安全を守る」ことが最重要事項であって、安全を守るためには医師とどうコミュニケーションを取っていけばいいのか、単発で来てくれる当直の先生にどう伝えればいいのかを看護師の中で考えていきました。常勤の先生は以前から信頼関係があるので、大きな問題はないんですが、誰も知らない先生がポッと当直の時間帯だけ来るとなると、看護師のほうからコンタクトを取っていかないと、指示が行き届きません。
東京民医連を通じて支援に来てくださった先生方は(特に開院したての頃)大変だったと思います。先生方や支援に出してくださった各病院に感謝しています。
【吉井】それから、高齢者の在宅バックアップ機能を高めていくということで、一般病棟も在宅支援がメインになって、よくある病気にどう対応していくかが一般病棟の役割になりました。
新しくなった中野共立病院の内科は何をめざしていくのか。看護師たちは頭ではわかっているんです。でも、前の記憶が強く残っていますので、ギャップが個々のところでまだ解消されていないのではないかというのが私の印象です。こればっかりは話して納得できるようなことではありません。頭ではわかっていても、気持ちが納得できないことってあると思う。患者さんとの関わりの中で、自分たちが納得し、意識を変えていくしかないと思っています。
【内】たしかに、療養病棟はスッと行ったのに、一般病棟は看護師の中にとまどいがありました。できないことのほうが多くなっているので、「自分たちのやりたいことができない」と言う看護師もいました。「じゃあ、やりたいことはなんなの?」と聞くと、具体的には出てこない。吉井さんの言うように、多分、頭ではわかっているんです。わかっているけど、納得できていない。もう少し時間をかけていきたいと思います。
医療区分の矛盾を抱えながら
――療養病棟はスッと行ったそうですが。
原さん
【原】以前と比べるものがないですから、とにかくやっていくしかないという点ではそうかもしれません。難しかったのは、医療区分で入院基本料が決まってくる点です。どういう患者さんがどの医療区分になるかというのを研究しながらやってきました。
厚労省の決めた医療区分と私たちが考える医療依存度とでは、大きな違いがあります。現場の感覚からすると、矛盾だらけの医療区分なんです。「この人はこれだけ人の手が必要なのに、医療区分はなぜこんなに低いの?」という矛盾を抱えながらも、経営を守っていくためには、ある程度の区分の割り振りをしなければいけません。
【内】職責としてはそこの整合性を取っていかなければいけないのが苦しいところです。なるべく前向きに働けるように、医療区分に制約されずに整合性をとっていくということが重要になってきます。「矛盾はあるけど、目の前の患者さんに対してきちんと対応していきたいよね」と前向きにもっていくために、職責者は非常に苦労があったと思うし、今もあると思います。
【原】それからもう一つ、介護と看護が同じ病棟で働くというのも初めてのことで、どう連携を取りながらチームを組んでいくかが課題でした。最初は、看護師が介護職員を教育しなければいけないといった“上から目線”があったんですが、じつは、看護師のほうが「介護職員はどういう仕事ができるか」ということがわかっていなかった。今は少しずつ、同じ技術を提供できるように一緒に学んでいこうとなってきています。
――原さんから見て、お互いのコミュニケーションはどのくらいまで取れてきたと思いますか。
【原】半分、かな。
【内】半分はちょっと厳し過ぎない?(笑)。
――透析室はどうでしたか?
曽我さん
【曽我】中野駅北口で透析施設があるのは2病院だけで、中野共立病院に透析室ができて3施設になりました。近い所でできるのは何より嬉しいと喜ばれています。20床で開始して今は25床になりました。患者さんは死ぬまで透析を続けなければいけませんので、「安全」とともに「安楽」を追求しています。「もう来たくない」と言わせないように、患者さんと向き合い、励まし、寄り添うことを心がけています。
シャントオペもここでできるようになりました。無料で送迎もやっていて、これも喜ばれています。
優しい連携を
――これからの1年はどんなことをめざしていきたいですか。
【曽我】一番やりたいことは壊疽や合併症を起こさないためのケアです。それから、病棟との連携をもっと深めていきたいと思います。
【吉井】去年8月から障害者病棟に転換しましたので、ベッドコントロールをうまくやっていきたい。療養病棟と連携しながら、できるだけ空きベッドを作らないように入院患者さんを受け入れていく。
これまで満床に近い稼動で来ましたが、バラツキがとても大きいんです。初期の慣れていない時期に、1日で最高14件の入退院があって、それはもう大変でした。理由はわかりませんが、なぜか波があるんですね。
【原】療養病棟は、やっていくことに夢中でしたので、次の1年は質を向上させていきたい。一般病棟もそうですが、固定チームナーシングを始めました。二つのチームそれぞれにチームリーダーを作って、目標を立てて、患者さんを継続してみていくわけですが、始めたものの、うまく機能していませんでした。固定チームナーシングをやることで、在宅調整にしても、人に言われてやるのでなく、自分たちが主体的にやっていけるようになれればいいと思います。
――では最後に内さん、お願いします。
【内】この1年は病棟などそれぞれの部署の歯車がかみ合っていくことに集中していこうと考えてきました。医療というのは、結局は人がつくっていくもの、みんなの気持ちを大事にしながら、一つのものをつくっていくということに集中した1年でした。また、建設期間中、東京民医連の各病院に出向していた職員が、大きく成長していることに驚き、感謝した1年でもありました。
看護集団全体の課題としては、「優しい連携」ができるかどうかです。自分たちも忙しいけれど、相手も忙しいんだと想像する。想像して理解することから出発しないと、育ちあうことはできません。
それから、基本方針がぶれてはいけないと思います。病床選択を迫られるという状況の中で、自分たちがぶれてはいけない。診療報酬の改定があろうがなかろうが、方針からはずれるような病床転換はしない。それを職員と共有していく。患者さんが地域で安心して暮らしていけるようにバックアップするのが私達の役割です。そこが揺らがなければ、病床転換したとしても、やっていけると思います。
個人的なことでは、「総師長」という器に早くフィットするよう学んでいきたい……と思っています。
事務長 荒井 均
点数をつければ90点!?
1.高齢者の医療をきちんとやっていく。2.地域の人達が利用しやすい病院。3.在宅医療のバックアップ。この医療構想の柱に沿って、医師をはじめとした現場のスタッフたちがほんとうによく頑張ってくれ、また健生会や勤医会からの医師支援により、この1年間はほぼ予定どおりに進んできているのではないかと思います。
ベッドはほぼ満床状態で来ており、中野、杉並、新宿の患者さんが90%、地域の方に利用していただいているといえます。在宅患者の利用率は20%〜25%です。
一般病棟と療養病棟との連携もうまくいっています。代々木病院との機能分担についても、外科は代々木病院に集中する、代々木病院は療養病棟を廃止するということで進めてきました。渋谷、新宿地域からの療養病床の利用も、十分とはいえないかもしれませんが、かなりご利用いただいています。
この1年に点数をつければ90点ぐらいかな……と。
では、次の1年をどうするか。病床転換を迫られていますが、現在の病棟構成は地域のニーズに合っている病院機能だと思いますので、当面はこのままで行こうと考えています。しかし、経営的には相当厳しい状況になることは間違いありません。行政の報酬誘導で対応し続けることには抵抗と怒りをもちますが、闘いと対応でそこをどう乗り切っていくか。一つの手段として収益の面では、リハビリ基準の引き上げを考えています。それから、透析が開設から順調に運営できていますので、さらに患者さんを増やしていきたいと思います。あとは自前で医師をどう受け入れるかにかかっていますね。
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患者さんからひとこと
山田w(つよし)さん(60歳) 中野区沼袋在住
中野に住み始めて、初めてかかった病院が中野共立病院で、それ以来ずっと共立だから、かれこれ38年になります。最初は糖尿病で来て、広瀬先生といういい先生がみてくれました。
脳梗塞もやって、今は慢性心不全で入院しています。去年は5回入退院を繰り返しました。中野共立に3回、代々木に1回、他の病院に1回入院しました。人工血管も入っているので、まあロボットみたいなものだね。
大変な病気を抱えて、いつどうなるかわからないけど、この病院があるというだけで、安心していられます。まず先生がいい。めいっぱい患者のことを考えてくれて、頼りになる。それから、看護師さんがいい。本当によくやってくれます。患者に対して分け隔てがない病院だから、命を預けています。
矢崎きよ子さん(85歳) 中野区新井在住
岡部さん(左)と矢崎さん
透析を始めて2年半になります。透析はお金がかかる病気です。「透析したほうがいい」と先生に言われたとき、お世話をかけてまで生きている価値があるのかとすごく悩みました。不安を抱えながら透析を始めたんですが、ここに来ると看護師さんが優しく励ましてくれます。送迎もやってもらっていて、朝、迎えに来てくれる運転手さんがまた優しい人でね。不安が一つずつ解消していきました。
週3回の透析は大変ですが、透析する前よりも、朝きちんと起きて規則正しい生活ができるようになりました。
趣味にハーモニカをやっています。こうやって生かしてもらっているんだから、少しでも恩返しになればと、月に何回か、老人ホームなどに慰問に行くハーモニカ仲間に入れてもらって、行っています。
透析をすることになって、汽車でいえば終列車に乗ったという感じだけど、せつない中にも人と関わる喜びがあります。ここに来て友達もできたし、看護師さんとも親しくなりました。透析前には思ってもみなかった喜びを味わっています。
岡部ふさ子さん(73歳) 中野区上高田在住
透析歴5年です。高年齢出産が原因ではないかと言われています。透析の話が出ても、覚悟が決まらず、ずいぶん悩みました。受け入れるまでが大変でしたが、やり始めたら、3日目から食欲が出てきて、もっと早くやればよかったと思いました。
週3回の透析は人生の中で占める時間が長く、辛くないと言ったらウソになりますが、看護師さんたちが優しく受け入れてくれるし、透析仲間ができたことで、ここに来るのが楽しみになりました。「今日も会えるな」って。矢崎さんともここで知り合い、私のことを「病院の妹」と言ってくれます。矢崎さんは一回りも上なのに、お元気で前向きでね。矢崎さんを目標にしているんですよ、私。
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