パリの駐車事情
〜フランスの車社会をかいま見て〜
代々木歯科 木村和正
お盆のパリを訪ねたときのこと、カフェでワインを飲んでいたらものすごいストームになり、店のなかに避難した。外は傘が役に立たない状態でしばらく呆然としていたが、20分くらいでやんだ。そこへパリジェンヌの運転する車がカフェの前に止めようとやってきた。カフェの前は駐車禁止でスペースがない。するとあろうことか、止まっている車に自分の車のバンパーを当ててゆっくりと押し始めた。日本では考えられない光景だが、パリは道が狭いうえにいつも混んでいて、駐車スペースがないため日常茶飯事らしい。よく見るとほとんどの車のバンパー部分がへこんでいる。ラテンのノリというところか?
10年くらい前に錆の研究をしている友人と車の整備士と3人で話したときのことを思い出した。ナンバープレート(車の前後につける)は一度使ったナンバーは再使用されないということで、整備士は「組み合わせを変えていくのだから大丈夫」などと言ったが、むろん限りがあり、錆の研究者は「いつか足りなくなる。そのときどうするんですか?」と言う。そこで僕が「桁数がふえるんですよ。そうするとナンバーがどんどん横に長くなってカッコイイでしょ。最後、車の幅くらいになったとき考える、再使用するかどうか」と笑いを取った。
実際はアメリカでは7桁、英語と数字の組み合わせで同じナンバーが同一州にいくつも重ならないかぎり同一ナンバーを認めている。フランスでは手書きのナンバーがOKだ。やっぱりラテンのノリはここでも健在だ。
パリの高級ホテルの前で縦列駐車ではなく横に並べて、他の車を入れさせないように政府系の公用車が止められた。マシンガンを持った兵士も登場、そこに海外からの要人が到着という手際のよさに<車のバリケード>という使い方も教えられた。
松山城とカラス
勤医会法人事務局 加藤恵美子
カラスは人気のない鳥のようですが、なかなかきれい(濡れ羽色)で、ひょうきんなところもあります。カラスの生態や行動学の本を数冊読みましたがなかなか興味深く面白いものです。ちなみに白い種類のカラスもいますよ。石原都知事がごみ問題対策でカラス追放・捕獲処理をし、都心のハシブトカラスが減ったといわれますが、そもそも、ごみ(餌)処理対応もできない人間の愚かさも感じます。カラスと共存できない社会(熊などの動物も含め)は先が見えていますよね。
さて、松山城ですが、数度訪れていますが、今回はカラスに誘われ、外から眺めました。お城自体も美しいですが、瀬戸内の眺望ものどかでした。
ユネスコの世界遺産 「石見銀山」に行ってきました
東京勤医会看護部 斉藤和子
この8月初旬、実家の島根県出雲市に帰省したついでに、2007年7月にユネスコの世界遺産に登録されたばかりの「石見銀山」に行ってきました。石見銀山は大田市にあり、出雲市から50数kmしか離れていません。地元にあるのに一度も見たことがないというのはいかがなものか…と思い見に行くことにしました。
石見銀山遺跡は、自然との共生の中で栄えた銀鉱山で、その産業の衰退と共に遺跡が周囲の自然の中に溶け込みながら残っていて、シンボリックなものは少なく、一見しただけではそのよさがわかりにくい遺跡である…とのこと。1400年から1600年頃に、世界の銀の3分の1を石見銀山で産出したらしい。それを物語るように、間歩と呼ばれる坑道が600以上あると言われています。現在は、龍源寺間歩と呼ばれる坑道が一般公開されています。
間歩に一歩足を踏み入れると、急激な冷気が感じられジメジメしています。間歩の中は、ノミで削られた跡をそのまま肉眼で見ることができます。中心の間歩からさらに左右、斜めに坑道が延びています。こんな狭い急な坑道に人が入れるのだろうか?と思うようなところがたくさん見受けられます。奥のほうにキラっと輝くものをいくつも発見することができます。たぶんそれが銀なのでしょう。一つ持ってきたかったのですが、何しろ世界遺産ですから…。
人力だけでこれほどのことをやってこられたそこには、どれほどの犠牲が付きまとってきた結果なのでしょう。鉱山で働いていた人は、短命だったとのこと。このような劣悪な労働条件の中では当然のことでしょう。また、罪人が多かったとか。そのせいかどうか、小さな銀山の町に、なんとお寺の多いことか。
「アイ・ラヴ・ピース」のロケ地にもなった場所が数ヵ所紹介してありました。若干の観光地としての体裁もアピールしているようです。
「島根県ってどこ? 鳥取砂丘のあるところ?」とよく言われ、何にも知らないのね、と思う反面悔しい思いもしてきましたが、これからはちょっと違うかな。フフフ…
リレー連載 釣り紀行(13)
南房総千倉の黒鯛
数年ぶりに千倉の黒鯛釣りに出かけました。数年ぶりというのは、「スイカ」を餌にした黒鯛釣りは久しぶりという意味です。
千倉では夏になると釣竿を担いだおじさんたちが、スイカを持って海に出かけます。細かく砕いたスイカを撒き餌にして魚をよせます。針にもスイカをつけてエイヤーと振り込みます。この時期黒鯛は浅場に寄ってきていてスイカに飛びつきます。
なぜスイカが餌になるのかは諸説あるようですが、海水浴客が食べ残しのスイカを海に捨てたところ、いつの間にか黒鯛が好むようになり、しまいには河豚、ベラ等の魚も好んで食べるようになったというのが有力なようです。
今回は勤医会のつりばかおやじ3Mが挑戦しました。当日は大潮で9時頃に干潮となります。朝5時から腰まで水につかり、海の中を岩場伝いに渡った先で釣り開始です。はじめは河豚のオンパレードで、気合が空回りし始めた頃突然釣れるものです。
1匹目は46cm、若干やせた頭でっかちの黒鯛でした。その後魚からの音沙汰がなく時間が過ぎ、周りには磯で貝などを採取する地元の人たちが集まり始めました。撒き餌をしている脇で、ジャバジャバと海に潜り始めたとき、ゆっくりと浮きが沈み2匹目の黒鯛がかかりました。これは49cmありました。
真夏の太陽にじりじり焼かれながらスイカを撒き、へとへとになって磯をあとにしたのは、12時を回っていました。
3Mが誰かは、周りを良く見てください。真っ黒な顔をしたおじさんが数人いると思います。(M)