ほんとうの勉強ってなんだろう?
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| 小林さん |
三上さん |
――次から次へとページを繰っていきたくなる素敵なフォト&エッセイ集ができましたね。写真だけではない、エッセイだけでもない、写真家小林さんとエッセイスト三上さんのコラボレーションが絶妙です。
【三上】看護学生が写真集になったのは日本で初めてだそうです。
――第1号とはすごい! 小林さんが東葛看護専門学校の学生たちを撮ろうと思われたきっかけは何だったのでしょうか。
【小林】ぼくも元教員で、三上さんとは昔から交流がありました。教員を退職後、現代写真研究所に入って写真を学び、自分のテーマを追いかけていた頃、東葛看護学校の校長になった三上さんが度々「うちの学校には本当の学びがある!」と嬉しそうに話すのを聞いて、「ぜひ写真を撮らせてほしい」とお願いしたわけです。最初に学校を訪れたのは3年前でした。
――このフォト&エッセイ集で伝えたいことは何でしょうか。

著者: 三上 満(エッセイ) 小林 功(フォト)
協力: 勤医会統括官ご専門学校
出版 : かもがわ出版
サイズ : B5変形 / 126p
発行: 2007年5月
税込価格 : \1,890
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【三上】まずぼくから話しましょうか。教育基本法が改定され、教育再生会議なるものが立ち上がって、教育の上からの統制、しめつけ、競争にいっそう持っていこうとする現実があります。そういう中で、「なんのために勉強するのか」という意味がつかめず、勉強に喜びが見出せない子どもたちが増えています。ほんとうの勉強ってなんだろう? 学ぶ喜びってなんだ? この問いに対する答えが東葛看護学校にあるのです。
しめつけや抑圧では人間性は育ちません。ここの学校は「学生こそ主人公」をモットーに、自主と自治と協同の力が育つような学びの場をつくりだしています。グループワークの時間を多くとって自発的に学ぶことを覚えるのもその一つです。キャッピングセレモニーも体育祭などの行事も学生の自主・自治でつくりだします。
そういう場で学生たちはキラキラと目を輝かせながら学んでいる。「ここに学びあり」です。そのイキイキとした姿を伝えたい。
もう一つは、東葛看護学校は憲法と教育基本法をあらゆる教育活動の土台に据えており、教育基本法は法としては失われてしまったけれど、法の示す教育が東葛に確実に息づいているということ。例えば、学問の自由を尊重する、一人ひとりを大事にする、自発的精神が大事にされる、教師や学生たちが仲睦まじく学びあう雰囲気、などなどです。教育基本法は教育の中から消えていないということを訴えることができたらと思っています。
変わっていくことの素晴らしさ
【小林】ぼくの場合は写真を通して何を伝えるかということになるわけですが、これがなかなか。自分の感動を写真で表現するというのは非常に難しいです。ぼくたちを指導してくれている写真家の先生は「もっと学生の内面が表現できなければ」と言うんですが、そこが一番悩むところです。
新入生の合宿で自己紹介をします。高校生活や看護助手の体験などを語り合います。離婚や家族の死など辛い過去を泣きながら話す学生もいます。入学後20日もたっていないのに、お互いに心を開いている! ぼくも思わず聞き入ってしまって……そうすると写真が撮れない。(笑)
――ファインダーから見たとき、東葛看護学校のどんなところがいいと思いますか。
【小林】一番すごいなと思うのは、学生が変わっていくところです。ぼくは時々しか来ないから、変化がよく見えるんじゃないかな。4月に来たときと7月に来たときとでは表情が全く違います。のびのびイキイキしてくるんです。その間にいろいろなドラマがあったんだろうなと想像するわけです。学生が変わっていく姿はワクワクドキドキします。それを撮りたい。
例えば、この本の16ページの写真を見てください。4月の化学・物理学の実験風景ですが、トレーニングウェアを腰に巻き、トレパンのポケットに左手を突っ込んだまま、右手で実験をしている。この態度、どこかナメてるでしょ?(笑)。これが変わっていくんです。
もう一つ、78、79ページの田植えの写真を見てください。東葛には「地域フィールド」という他の学校にはない学習があります。地域の町工場や農家、自営業などの現場に入っていって、生活することや働く喜びなどを体験的に学んでいく。その様子を「生活と労働の中で」という章で紹介しているんですが、その中の1点です。
――ロックを踊っているみたいな楽しそうな写真ですね。
【小林】楽しんではいますが、その裏で「なんでこんなことまでやらなければいけないの?」「看護に関係ないよ」といった不満も毎年あるそうです。それが秋の稲刈りになると、収穫の喜びとか額に汗して働く快感なんかがわかってきて、こんな表情になる(下の写真)。「生命活動」の学びの一環だということもわかってくるんですね。
【三上】東葛看護学校が恵まれているのは、学生を温かく受け入れてくれる地域の人たちがいることです。地域フィールドもそうだし、在宅看護実習でも、在宅の患者さんが学生を受け入れてくれる。
【小林】68ページの在宅の患者さんは毎年、東葛際に参加してくださっています。
【三上】看護は人間に深くかかわる仕事ですから、知識や技術だけではなく、「人間に対する豊かな共感を学ぶ」ということがとても大事です。患者さんとの交流、フィールドワークでの働く人たちとの交流、学生同士の交流、学生と教師の交流――この本の中では生命へのコンパッション(共感共苦)という表現をしていますが、こうした人間的な交流が学生たちを自然に成長させ、人格形成の場になっているのだと思います。「人間を学ぶ」ということもこの本で伝えたかったことです。
人間っていいな
――感想がたくさん寄せられているようですね。
【小林】「写真が語りかけてくるようです」とか、「理屈抜きで若者を、未来を期待できます」「満さんのエッセイにこめられた教育の心、それを解き明かすような1枚1枚の写真」「一緒に笑って、一緒に涙したくなる」など、どれも素晴らしい感想で元気づけられました。
ぼくもエッセイを読むたびに涙がにじんできます。「患者さんの笑顔が見たい」は、「看護師さんの笑顔が見たい」ということもあるでしょう。この本が、やがてきびしい生命の現場に立つ学生たちへの励ましになればと思います。
【三上】この5年半は、私の人生の第5楽章でした。その中であらためて知ったのは「人間っていいな」ということです。この先もし時間があれば、「愛しの看護学生たち」というタイトルのエッセイ集を書けたらなと思っています。
ひとつの奇跡
医療法人財団東京勤労者医療会
理事長 鈴 木 篤
『患者さんの笑顔が見たい』の活き活きとした学生の写真に引き込まれながら、簡潔で愛情に溢れた三上満教育の実践の記録を読んでいくと、今日の日本の教育状況の中において、ここに一つの“奇跡”があった、と思えてきた。それは、“平和憲法、教育基本法、民医連医療”この三つの理念の三位一体による教育実践の奇跡、である。
憲法と教育基本法の精神を、中学校教育の中で実践してきた三上満先生が、その教育実践の締めくくりの場として選んだのは、人の命を守り、人に癒しを与える看護の教育の場であった。そして、その看護教育の場を提供しているのが、無差別・平等の医療を掲げる民医連の看護学校であり、東京勤労者医療会であった。この出会いが、この演出が、この奇跡を生んだと言えるのかもしれない。
「発見の中から新たな問いを見出し、自分が一回り大きくなっていく実感を味わえるような学び」(堀尾輝久)こそ、本校の“学び”だ、と三上先生は胸をはり、実例を提示する。
実習で受け持った脳出血の患者さんから、最初は怒鳴られたことから始まり、実習の過程で、次第に人間的交流を深め、自己への認識も深めていった一学生は、その過程を「認知から認識に」至った、とレポートで総括した。看護実習というものが、なんと深い教育の場であろうか、と改めて思う。三上先生はこの過程を、医療の根拠となる科学的認識(すなわち“事物に対する認識”)、“人間に対する認識”、“自己についての認識”と分析し、この三位一体の“学び”の場が、東葛看護学校という看護教育の現場であった、とまとめている。
『学校ここにある希望』( 三上満著)のあとがきで、戦前、全盲のこどもが差別を受けた話が紹介されている。兵隊になれない、すなわち国家に役立たずの子には、飴を与えようとしなかった兵隊の話である。安倍教育改悪が進む道は、まさに戦前のこの思想と同じである。落伍者には生きる条件さえ厳しく、障害者には自己責任を押し付け、高齢者には“姥捨て思想”の制度を押し付ける。
このような今日、この“奇跡”の三上満教育の記録が、小林功氏の手により、まぶしいような看護学生のフォトグラフィーになったことで、そのメッセージ性は、看護教育の実践記録を超える普遍性をもった。本書は、他の教育現場、さらには多くの市民にも、“真の教育”を考える機会をあたえる力を持っている、と私は思う。多くの皆様が、眼を通されんことを願うばかりである。
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