感染対策のポイント
――代々木病院から『感染対策マニュアル』が4月に発行されました。監修された大野先生、この本を出そうと思われた動機は何だったのでしょうか?
★ご存知のように、医療の現場では今、どうしたら院内感染を防止できるかが大きな課題になっています。どの病院でも「感染対策委員会」をつくって取り組みを進めています。しかし、無数の人間が出入りする現場では、院内感染の危険は無数にあるといってもよく、しかも往々にして、手洗いの不備といった低レベルのところから発生します。ですから、感染対策委員などエキスパートだけがいくら頑張ってもだめで、“どうやったら漏れなく全員のレベルを底上げできるか”が、感染対策の一番のポイントになるのです。
――先生の書かれた「はじめに」の冒頭にそのことが書かれていますね。「『すべてを知り尽くしている天才が一人いてもだめなんだよ』。それが院内感染対策です」。ズバッと核心に切り込む象徴的な言葉で、冒頭から引き込まれます。
★本のオビの文句も、核心をついたものになりました。「看護師も、医師も、スタッフも、病院ではみんなが忙しい。だから、わかりやすいマニュアルを」です。
感染対策のポイントは全体のレベルを底上げしていくことであり、そのためには、すべての職員が理解して確実にできることでなければなりません。そんなマニュアル本があればいいなと思ったのです。
ベースは代々木病院の感染対策マニュアル
――では、中身に移りますが、この本の特徴はどんなところでしょうか?
★まず開いてみてください。とっさのときに必要なことが一目でわかるように工夫してあります。たとえば、4月に新人がおおぜい入職しましたが、新人たちに「手袋の使い方」を教えることになったとします。そういうときは、「手袋の着脱」のページを開けば、見開きでパッと理解できるようになっています。一つの項目がだいたい見開き2ページで構成されていて、自分の読みたいところを開くと、手順が写真ですぐにわかるようになっています。
また、感染対策はやるべきことがたくさんありますから、全部覚えていられません。「もう一度確認したい」と思ったときには、自分の見たい部分を開いて再確認することができます。いつでも基本に立ち返ることができるのです。
しかし最大の特徴は、現場からのみんなの声が作り上げたことなんです。この本のベースは、代々木病院の感染対策マニュアルです。代々木病院のマニュアルのすごいところは、最低これだけやれば病院全体のレベルがあがる、だから少なくともこれだけはやる、ということが一目でわかるようになっていることです。
また、クリアファイル形式で各項目1〜2ページにまとめられていました。それを見て現場で実行し、各職場の感染対策委員が意見を聞き、「ちょっとわかりにくい」「「これではやりにくい」などの意見を集約して、そのつど作り直します。ですから、現場のアイデアが満載した、常に最新の情報になっているマニュアルなのです。
このマニュアルは外部からも高い評価を得ていました。代々木病院で感染対策学習会を行ったとき、全国の病院の状況を知っている講師から「中身が大変しっかりしている」と評価されました。環境感染学会で紹介したときにも好評で、どの病院でも欲しがっているものであることがわかってきました。
「これは本になる!」と思いました。そこで、つきあいのある医学書院に私のほうから持ち込んだところ、今までなかった形のマニュアル本ということで企画会議を通り、出版が実現しました。
現場で使える本にするために
――「どの病院でもほしがっていることがわかった」とおっしゃいましたが、他の病院では感染対策マニュアルを作っていないのですか?
★どこでも作っています。でも、わかりにくいんです。マニュアルを作ったはいいけれど、難しすぎて、現場で見てすぐに使えるような形になっていないものがほとんどです。医師が作ったものは、医師としてどう関わっていくかは出ているけれど、他の職種がどう関わっていけばいいかが抜けていたりします。現場には医師も看護師も他のスタッフもいっぱいいて、感染は全体で起きるわけですから、病院全体の感染を予防するためには、「すべての人が内容を理解して正確に実行できる」ことが大事なのです。
その基本がしっかりした本にするために、第1章に感染対策の基本として「手洗い」「手指消毒」「手袋の着脱」「マスクの着脱」「ガウンテクニック」を掲載し、構成上の工夫もしました。まず、写真をたくさん使い、現場でさっと見るだけで、何をすべきかのイメージがつかめるようにしました。カットや絵を使ったマニュアル本はいっぱいありますが、ここまで写真を多用したものは少ないです。
撮影者はプロですが、写真のモデルは感染対策委員の方々です。この本を見て、「○○さんが載ってる!」と親近感をもち、本の売れ行きが上がるという狙いも、ちょっとは…。
構成上の工夫としてもう一つ、それぞれの項目で見過ごしがちなこと、思い違いをしやすいことなどをページの下段にトピックスとして掲載しました(写真)。ペンギンマークがかわいいでしょ。ここに紹介したコラムは「手袋には見えない穴がある!」。「手袋をすることは大事だけれど、手袋をしたからといって必ずしも安全ではない」ことを喚起しています。新しい手袋にも目に見えないピンボールがあいていることがあり、使用後の手袋にはさらに多くのピンボールがあいている可能性がある。だから、「手袋を外した後は必ず手指消毒をするなどの感染予防対策をとりましょう」と訴えています。
これらのトピックスも、代々木病院感染対策委員会のニュースに掲載されたものがベースになっています。
当たり前のことを確実にやる
――「はじめに」で、「代々木病院のマニュアルに若干の加筆をして書籍にすることにしましたが、でき上がってみると全く新しいものに仕上がりました」と書かれていますが、「新しいものになった」とはどういうことでしょうか?
★見開きで見やすく、というコンセプトは同じですが、文章は吉田美智子さんと藤井基博さんのお二人(下にコメント掲載)を中心にほとんど書き直しになりました。写真も新しく撮影しました。まとめあげるのに1年ぐらいかかりました。見開きで写真を入れて伝えたいことをわかりやすく書くというコンセプトにこだわって、出版担当者と何度もやり取りがありました。
――反響はいかがですか。
★出版されたばかりですので、これからですが、医学書院のホームページに掲載された書評では「感染対策の『本当に大切な部分』に目を向けて『誰でもできるようにする』ために書かれている点で、これまでのマニュアル類とは一線を画する、画期的な内容」「これは、現場で使える!」という感想でした。こちらの意図するところが伝わっていると思いました。
今は昔と比べると、院内感染が起きる危険性が格段に高まっています。その原因として、菌の耐性が強くなっているし、国際化が進み未知の菌が日本に入ってきます。また医療機器が多く使われるようになったことも大きな要因です。カテーテルの留置など体内に長く物が入っている状態は感染を起こしやすくなります。人工呼吸器も昔とは比べものにならないほど使われるようになりました。さらに、抵抗力の落ちている高齢者が多くなっていることも影響しています。
MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)は、ひとたび院内感染が起きると、多くの抗生剤が効きにくくなる感染症です。それに対して新薬の開発という方法もありますが、新薬が出ると、また新しいばい菌が生まれ、どこまでも追いかけっこが続くことになる。特殊な菌を防ぐのは特殊な対策ではありません。この本に書かれているような基本の対策を徹底することで、MRSAを含めてあらゆる菌を押さえ込むことができるのです。
当たり前のことを確実にやる。これが感染対策なのです。皆さんの感想をお待ちしています。
『感染対策マニュアル』
監修:大野 義一朗
発行:医学書院
・判型 B5
・頁 132
・発行年 2007年04月
・定価 2415円(本体2300円+税5%) |
本という形になるまで
代々木病院 手術室・中央材料室主任
吉田美智子
私が代々木病院の感染対策マニュアルに関わるようになったのは、2002年に感染委員会に入ってからでした。当時はまだ、自分にも感染の知識はなく、マニュアルを見てもわからないし、自分以外のほとんど誰も見ていない。けれど、各部署の隅っこには必ず置いておかなければならない、仕方のない感染対策マニュアルでした。
しかし、作る側としては一生懸命であり、もっとみんなに見て欲しい思いと、「何でもかんでも感染委員会の私に電話して聞くな」という思い、さらに何より「自分が見てわかるようなものにしたい」と、マニュアルとの闘いがはじまりました。
その後は、感染の知識が無くても誰でもマニュアルを開けば対策が何とかできるように、マニュアルの改訂を続けてきました。
作り続けているうちに現場からの声は、「わからない」という絶望ではなく、「こうして欲しい」という希望に変わり、改訂をするたびに意見が出るようになりました。
こうして感染対策マニュアルは、ページを増やし、見る人を増やし、みんなの思いを背負い、やがて大野医師の救いもあり、本へと形を変えました。まだまだこれからも、マニュアルとの闘いはつづきそうです。
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いつしか
使われるマニュアルに成長
東葛病院 薬局薬局長
藤井基博
またマニュアルか。どうか、そう思わないでいただきたい。
感染対策について「見る手順書」は、まだ少ない。「正しくマスクをつける」、「正しく手袋をはめる」と書いてあっても、つけ方がわからない。ガイドラインは高尚すぎるし、実践の見本を誰も知らない。
10年前に代々木病院の感染マニュアルを作成しはじめて以来、実は相当勉強をしました。何冊もの書籍を買い込み、大学の感染委員会に問い合わせ、学会、学習会に行きました。理想は、見ただけでわかる「写真集マニュアル」。ぜい肉をそぎとり、現場で必要な項目だけを選ぶのには苦労しました。代々木病院でのマニュアル改訂はいつしか年2回必要となり、いつしか使われるマニュアルに成長しました。
ひとつの成果を多くのみなさんと共有させていただける機会に感謝しています。
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