協同組合医療と福祉 ゆたかな医療・介護・福祉をこのまちに medical&welfare
HOME BACK
協同組合報vol.44

トピックス(1) インタビュー

どうやったら都政の流れを変えることができるか

〜東京都知事選への立候補を表明した吉田万三さん、大いに語る〜

このままほっとくわけにはいかない!

写真

 ――10月24日、先生は都庁で会見を行い、来春の東京都知事選への立候補を正式に表明されました。「革新都政をつくる会」の擁立によってですが、まず、立候補を決意された理由をお聞きしたいのですが。

★とにかく石原都政をこのままほっとくわけにはいかないという強い気持ちですね。これはみんなの共通した気持ちなんだけど、じゃあ、どうやったら勝てるのかということが見えてこない。私は冗談半分で、「勝てそうな選挙なら、手を挙げるやつがいくらでも出てくるよ」と。相手が大きく見えているときというのは、どうしても腰が引けちゃうものです。
 では、勝てる条件はどうやったらつくれるのかということですが、石原氏は知名度抜群ですから、こっちも知名度のある人をということになると、理屈はいいから知名度のある人をという考え方になる。一方、憲法9条を守ろうという視点から市民レベルでも政党レベルでも幅広い共闘ができれば、勝てる条件ができるというとらえ方もある。だけど、そういう条件をつくれる人はなかなかいません。
 4年前も、結局そういう議論でズルズルやって、最後まで候補者を擁立できなかった経緯があります。そのときの一番大きな教訓は、何が原則かをはっきりさせないまま、もう少し幅広くできないかということでギリギリまで行ってしまったことです。つまり、原則をはっきりさせた自前の候補がいないままで「統一を」と言っていたのが一番の弱点だったのではないか。
 ここでいう原則というのはきわめてシンプルなものです。憲法を守ろう、暮らしに目を向けよう、ということですね。その原則を打ち出す自前の候補を立てたうえで、一致できるなら一致しましょうと。そういう考え方に賛同してお受けしたわけです。
 どうやったら、もっと幅広い統一をつくることができるか。大テーマですが、なかには「あまり早く手を挙げると、他の人が手を挙げづらくなるんじゃないか」という意見もありました。しかし、これだけタイムリミットが近づいていて、誰も手を挙げないということは、むしろ私が手を挙げたほうが幅広い統一のための話が進むんじゃないかという思いもあるのです。

 ――社民党との共闘は無理なんでしょうか?

★都議会には社民党議員が一人もいないんですよ。民主党は石原与党みたいになっているし。政党レベルで考えると難しい面がありますが、世論調査では憲法9条を守ったほうがいいと回答した人が半数以上いるわけで、そういう力を結集できれば、とてつもなく力の差があるように見えているけれど、逆転の可能性は十分あると思っています。

オリンピックに名を借りた大型開発

 ――先生はオリンピック招致に反対ですが、東京で開催してほしいと思っている人もいます。

★オリンピックは今度北京で、次がヨーロッパ、大陸を順番に回ることを考えると、2016年はアメリカかアフリカであって、アジアにまた来るなんてことはありえないといわれています。
 問題なのは、オリンピック招致の名目で大型開発をやることが本当の目的だからです。結果として来なかったからといって、やってしまった大型開発が元に戻ることはありません。オリンピックが来ればいいなと何となく思う人もいるかもしれないけれど、実際にはオリンピックの名目で、今までの都市再生などよりはるかに巨額のお金をつぎ込みますから、暮らし全般に影響が出てきます。
 石原氏には熱心なものが三つあります。一つは憲法9条改悪の旗振りと、教育基本法改悪の先導役としての教育現場への強引な介入。二つ目はオリンピックの名を借りた大型開発。三つ目は海外視察。週2日ぐらいしか登庁せずに、海外視察ばかり行っていると週刊誌にすっぱ抜かれました。
 実際には何もやっていないのに、そこそこ人気があるというのは、マスコミで演出されている側面と、「三国人」発言に見られるように、自分の暮らしと直結しない部分で国民が面白がっているところがあるんだと思う。ひどい発言でも「本音で言っているから」と表層のところでウケてしまう。このまま行くと、やりたい放題になってしまいますから、ガツンと怒ってやらないといけません。

足立区長時代は「シンクロナイズドスイミング」

 ――都知事選出馬を決断した背景には、足立区長時代の体験があるのではないかと勝手に想像しているんですが、たしか、初めての革新区政誕生だったんでしたね。

★そうです。共産党は少数与党でしたから、とにかく猛攻撃をくらいました。精神的に一番きつかったのは、最初の3ヶ月でした。猛攻撃にあうと、こっちも頭に来ちゃうわけ。みんなの力でようやく当選したのに逆ギレしたみたいになると、全部パーになるでしょ。それで気疲れしちゃって。
 2ヶ月ぐらい経った頃、ある人が「あんまりひどければ、中途半端に妥協したってダメだから、パーになったら、もう一度選挙やればいいんじゃないの」と言ってくれたんです。それでずいぶん気が楽になりました。
 区長をやったのは2年8ヶ月ですが、ものすごく勉強しました。本会議は前もって質問が来るから、事前に答弁をつくることができます。だけど、委員会になると、どんな質問が来るかわかりません。そのテーマの本質的問題は何かというのをつかまえておかないと、とんちんかんな答弁になる。
 元都知事の青島幸男さんも最初はそうだったらしいんですが、とにかく質問はみんな「区長答えろ」だった。どの程度か、試してやれということでしょうね。そんな答弁ではダメだとなって、明け方近くまで議会をやったりした。こっちは体力だけは自信がありましたからね、攻撃している議員のほうがくたびれちゃって(笑)。
 さらに、議会はいわば表舞台であって、水面下というのもあるんです。シンクロナイズドスイミングをやっているようなもので、議会で答弁しつつ、見えない水面下で足を必死に動かしているわけ。というのは、与党は自民、公明ですから、役人の体質もそっち寄りになっていて、役人がスキあらば足をひっぱろうとするんです。
 私の第一の仕事は「ホテル計画の撤回」でした。それに象徴される「ハコモノ」「開発」中心の区政から「住民の暮らし」に目を向けた区政へと転換したいと思っていたわけです。それで、区の基本計画そのものの見直しをやろうとしたところ、不信任決議案が可決されて、志半ばで退場せざるをえなくなったという次第です。

みんなが幸せになるような経済を

写真

 ――先生はご自分のホームページに、スウェーデンを視察したときのことを載せておられます。その中で、「スウェーデンも日本と同様に90年代初頭、ひどい経済不況に陥ったが、住民の暮らしに目を向けた公共事業を行うことで不況を克服した」と書かれています。

★そこなんですよ。日本では、医療や福祉、暮らしに税金を回すと、経済がダメになるから、経済をよくするためにはちょっと我慢してもらわなければいけないという論法がまかりとおっています。経済と医療・福祉、暮らしが対立的にとらえられている。スウェーデン視察でわかったことは、医療や福祉、暮らし重視型の政策に切り替えることによって、むしろ経済もよくなるということでした。
 公共事業が全部ダメなのではなく、暮らしを応援するような公共事業は大事です。たとえば、東京都は都営住宅の建設をやめていますが、住宅や高齢者向けの施設などはまだまだ足りません。住宅は民間にお任せではなく、都がきちんと援助をして、積極的に住宅建設をやる。暮らしに役立つ公共事業に切り替えれば、暮らしを応援することができるし、雇用も増えます。みんなが幸せになる経済、地に足のついた経済というのは可能なのです。
 今の国際経済は、軍事力のカサのもとで、多国籍企業が世界中どこにでも出張っていって利益をあげる「肉食恐竜的経済」です。言うことを聞かない国には軍事的圧力をかけるということまでまかりとおっている。私たちがめざしたいのは、近隣諸国と平和的な関係をつくっていく、そのために憲法9条をきちんと守っていく。そういう中で、国民を幸せにするための経済活動を行うことです。
 そして、大型開発中心の予算の組み方ではなく、暮らしを応援するような予算に切り替えていく。まちづくりも、そこに暮らしている人間が幸せに暮らせるかどうかという視点で見直していく。こうした流れが本流になるような東京を一緒につくっていきましょう。

【略歴】
1947年9月 東京都目黒区で生まれる
1975年3月 北海道大学歯学部卒業
同    5月 大田病院歯科に就職
1979年7月 八丈島に歯科開設のため赴任
1983年1月 足立区東和に蒲原歯科診療所を開設、所長として赴任
1988年3月
〜96年9月
東京民医連副会長
1996年9月 東京都足立区長に当選。99年6月まで、「区民が主人公」の立場で、大型事業を抑えて、暮らし、医療、福祉優先の区民政策を前進させる
1999年8月 蒲原歯科診療所所長として復職、現在に至る
1999年秋 スペインの協同組合企業(NPO)を視察
2001年2月 スウェーデンとデンマークの医療と福祉の視察に東京民医連副団長として参加
2002年3月
〜現在
東京民医連副会長



前号へ    次号へ
Copyright(c)2003 medical & welfare All rights reserved.