樹々の間に古城が、見え隠れする。ドイツ高速鉄道は、ニュールンベルグからケルンを、ライン河沿いに一気に駆け抜けた。その2日前、私はサッカーワールドカップ試合会場にいた。唯一、引き分けとなった日本・クロアチア戦。動かぬ代表に日本サポーターから重いため息と、呻き声が洩れる。終了後、多くの人が泣いてさえいた。
8年前のフランス・リヨン試合会場。最後の試合に涙した私は、隣のフランス人親子に慰められたが、その日は、ただやるせない怒りだけが広がっていた。乗り継ぎで下車したケルンは、イングランド戦が終わったばかり。耳を劈く大歓声、歌声、笛が駅構内に反響し、目の前で逮捕される者も…。ワールドカップが最高の闘いの場であることを、突きつけていた。
再びケルンを訪れたのは、日本・ブラジル戦の翌日。この日もケルン大聖堂広場は、世界各国のユニ姿、観光客で埋まっていた。試合日のフランス人は、陽気に気勢を上げている。と、ある一画が突然目に飛び込んできた。見覚えのあるちひろのポスター、高く積み上げた核廃絶署名用紙。広島・長崎の惨状伝える絵。『日本発世界へ』の平和の取組みが、この地で? 一瞬、昨夜の敗北が消えた。が、、私と友人達は、懸命に答を探そうとした、気迫溢れる中田選手が、前夜みせたあの涙の理由を…。事実は7月に知ることになるが、彼は闘うということを、見事に具現していた。「ボール奪う敵に、一歩も退かなかったよね、ヒデは」友人が呟く。「最後まで諦めなかったよね、1秒たりとも」私が応える。署名する人の姿をみながら、私たちは、ケルンの空の下で言い聞かせるように会話した。
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