夫の愛に支えられて
ほんまち訪問看護ステーション 菊地 泰子
訪問看護は、医師の指示書とケアプラン・看護計画に沿って、利用者のお宅へ看護師が訪問し、個別の看護を提供する在宅サービスのひとつとして位置付けられています。当ステーションは現在100名近い患者様にご利用いただき、在宅療養生活をお手伝いさせていただいています。
その中のお一人に、平成12年の介護保険制度スタートと同時にかかわらせていただき、5年半が経過した難病の利用者様がいらっしゃいます。
その方(Tさん)は71歳の女性で、病名は脊髄小脳変性症です。Tさんは、夫と二人暮らしで、若い頃は保母さんをされていましたが、23歳で結婚し専業主婦になりました。夫は、大手電気メーカーの営業マンで仕事一筋、家事・子育て・同居する両親の世話などは、すべてTさん任せでした。忙しい夫もやっと定年を迎え、二人でゆっくり旅行などを楽しむ余裕が出てきた頃、Tさんにふらつきの症状が現れ、生活は一変しました。平成8年頃よりふらつき・転倒が目立つようになり、平成11年には歩くことができなくなりました。
当時、区の施策で週1回の訪問看護を受けていましたが、介護保険の導入で中止となるため、当ステーションに、訪問看護とケアプラン作成の依頼がありました。
当初は、尿路感染を繰り返し、床ずれができるなど病状の進行がみられた時期でした。Tさんは、病気に対し悲観的で「夫に疎まれている」と泣いていることが多く、また、夫は慣れない家事と介護を担うことになり、自宅で自分が介護することに強い不安を感じておられるようでした。
私達は、病気を受け止めきれず悩むTさんと、介護に疲れていく夫の大変さとを、それぞれに共感をもって傾聴することで支えてゆきました。介護負担を軽減するために、更なるサービスの導入を提案しましたが、すぐには受け入れてもらえませんでした。
その後も病状は着実に進行し、嚥下機能の低下をきたしたTさんは、食事中刻んだつくねをのどに詰まらせることになり、窒息を起こして救急搬送されました。幸い命に別状はありませんでしたが、経口摂取は無理と判断され、胃瘻が造設されました。
その後、胃瘻交換を機に一気に病状が悪化、気管切開をして在宅酸素療法の導入となりました。現在話すことができなくなったTさんとは、アイコンタクトでコミュニケーションを図っています。
夫には、紆余曲折がありましたが、様々な在宅サービスを受け入れるとともに、年3回東京都の難病患者緊急一時入院制度の利用を開始したことが、今では在宅介護の支えとなっているようです。
Tさんとのかかわりの中で気付かされたことは、進行する難病との説明を受けていても、心のどこかで病気の回復を願っているという家族愛の深さと、更にその家族に向けて「残されている機能に目を向けていく」という発想に切り替えるよう働きかけることは、容易なことではないということの2点でした。
T氏夫妻とかかわれたことで、看護師は「進行する病状と家族の病気に対する受容とにアンバランスが生じることを踏まえたうえで、働きかけ続けていくことが大切である」ということを学ばせていただきました。今後も、長い闘病生活を続けてこられたTさんが、安定した状態で、少しでも長く自宅で過ごせるよう支援していきたいと思っています。
進行性の難病は、時間とともに重症化していきます。また、利用者も家族も平等に年を重ねていくため、公的支援なしで介護を継続してゆくのは不可能です。年々制度は改悪されていき、経済的な負担も増しています。在宅介護の現状を知る私達、訪問看護師が、厳しい実態と必要な制度拡充を訴え、制度の改悪に反対していく役割も担わなければならないと強く感じています。
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