徐々に進行していく難病と闘い続けるTさんと向かい合い続けて
代々木病院3階病棟 吉元留美子
Tさん(女性、48歳)は、2004年7月に進行性の小脳脊髄変性症の検査及び療養目的で入院してきた。1週間後に療養病棟へ転棟し順調に経過し、1ヶ月半後には順調に在宅へ帰る予定だった。
Tさんは1987年、第2子を出産したあと、症状が発現し、90年医療センターで確定診断を受けた。98年頃から歩行が困難になり、5年前から食事の時の呼吸困難や低栄養で入院・療養を繰り返していた。2年前はまだ会話もスムーズで振戦も軽度だったが、車いすで過ごすことが多くなった。現在は振戦が激しく全介助状況となっている。しかし意思ははっきりしており、生き生きと生活し「家よりも入院している方がいい」と口にされていた。家族は夫と子ども二人、子どもは受験を控えていた。
当法人の往診と訪問・ケアマネジャーがはいって支援してきた。
8月の下旬、腸閉塞とごえん性肺炎で当病棟に転棟してきた。急に低酸素状況となり意識レベルが低下し人工呼吸器装着となった。本人の生きることへの希望は強いと聞いていたので、家族との話し合いの中で明らかになった「思い」は私たちの予想を超えたものだった。「もう介護しきっていると感じている」「子ども達は小さな頃から母を世話する状況で十分に世話はした」「本人は死にたいと言っていた」「延命措置はとらないでほしい」と言い続け、私たちスタッフは「どうしたらいいものか、Tさんの思いはどこにあるのか」と悩みつつ、家族の思いに引っ張られる状況だった。
病状は一進一退を続け、何とか挿管はしないで改善をしていくことを目標に、チームで何度か話し合い、合同カンファレンスにも提起して検討しつつ、やっぱり本人の思いがどこにあるのか、そこに寄り添いながら家族の思いの変化を待とうと根気強く関わった。
振戦し呼吸状況も厳しい中、主治医を含めて「生きたい」の思いに寄り添い、いかに苦しくなく過ごせるか、何が幸せか、当面の目標を持とうと息子さんの試験の合格・Tさんの誕生日・さくらを見に行こう! と気管切開まで家族の合意を得ることができ、栄養補給の胃ろうまで造設するに至った。そして春ウララ、病院のお花見に三階病棟スタッフと共に新宿御苑に赴いた。Tさんの満面の笑顔! ご家族は来れなかったが、写真を沢山撮ってお見せした。
ご家族も徐々に変化してきた。「もう死んでもいいです」といった言葉はなくなった。
もう一歩進めよう、患者さんがよりよく生きることの応援を!と、スピーチカヌラを付けて話をすることに挑戦し、できた!! そして東葛の学生が受け持ち、スッタモンダして苦労しつつもじっくり関わり、Tさんは「貴方が一番の理解者よ」と言ってくれた。そして私たちもTさんがどんな思いで生きてきたのか、つらさも、それを乗り越えてきた強さも優しさも含めて捉え直すことができた。学生と家庭訪問に行った後、夫が「この人の櫛は難しいんだよな」と言いつつ、ブラシを買ってきてくれた。「施設を探さないと」と生きていく妻に寄り添い始めた姿が見えた。あきらめずに! 生きることにとことんこだわって! その人らしく生きることへの応援団でいたい……。そのことが私たち看護師の喜び……なんだと思う。
Tさんは昭島に新しくできた病院に転院していった。「旅立ちではなくて出発よ!」という言葉を残して……。 |