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先日数年ぶりに、以前勤めていたクリニックに外来支援に出かけました。久し振りにお会いする方も何人かいらっしゃいましたが、認知症となった夫を支えながら生活しているAさんのお話が心にひっかかりました。夫婦お二人でかかっておられたのですが、ちょうど僕が診はじめた頃から夫の認知症が徐々に悪化。これまで勤めていた仕事を辞めることになったのですが、仕事を辞めたことをなかなか理解できずに、毎日のようにもといた職場に顔を出し、まわりにいる家族・友人たちをはらはらさせていました。聞けば、クスリはあまり効果はなく、ここ数年の間に徐々に認知症が悪化し、今は認知症専門の療養施設への入所待ちだということでした。Aさんのすっかり真っ白になってしまった頭を前に、この数年間のお話を聞かせて頂きました。
あちらこちらから持ってきたスリッパを食卓の上に並べ、食事の準備をしているAさんに向かって「こんなことしか手伝えなくて悪いなあ」という夫。担当医の病状説明を聞く際に、なかなか診察室の外に出ようとしない夫に向かって、「有楽町で待っててね」と声をかけるAさん。「あと10年長生きして、お前に楽させてやりたいなあ」という夫を前に、「これ以上の介護は無理」と施設入所を決めたAさん…いつもは気丈なAさんも、この時ばかりは友人のところで泣きあかしたとおっしゃいます。どこかこっけいな、しかしとてもかなしいお互いへの心遣いに、はからずもこちらももらい泣き…でした。
現状では、記憶障害・見当識障害・判断力の低下といった認知症の中心症状に対して、その進行を遅らせることはできても、これといった決め手になる治療法はありません。それに加えて、誰もが若く健康でありたいと願う社会――裏返せば、誰もが年をとったり病を得たり障害者であることを忌み嫌う社会に、私たちは暮らしています。その中で、認知症という診断を伝えられるご家族の辛さは、いったいどれほどの辛さでしょう? Aさんのお話を伺いながら、私が主治医として診療にあたっていたその当時、Aさんの辛さをどこまで受け止められていただろうかと振り返ると、なんとも心許ない情けない気持ちになります。
きっとこれからも、患者さんやご家族に、多くのことを教えていただきながら、診療を続けることになるのでしょうが、こうして身をもって教えていただいたことを、きちんと活かせる医師でありたいと思います。
(「月刊新松戸」より転載)
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