目下、苦戦中
西荻窪診療所は1950年、日中友好協会や原水協などで活躍した亡児島幸夫氏(医療法人社団・健生会、児島徹理事長の父上)の自宅の一部を間借りして開設された。応接間を改装して診察室とし、受付を玄関口に置き、廊下の前の部屋を待合室にしたという。開設直後の写真には、塀から落ちそうなほど大きな看板が写っている(下写真)。畳2畳ほどもあったというから、その意気込みがうかがえる。
それから今日まで、西荻窪診療所は同じ場所で地域の医療活動を担い、発展させてきた。1959年、医療法人社団・健友会を設立し、同じ年に児島家の半分近くの敷地を借りて17床のベッドを持つ有床診療所を建設した。さらに60年に天沼診療所を、62年には桃井診療所をそれぞれ分院として開設した。その後、病院化計画もあったが、土地の問題などで断念せざるをえず、多機能大型有床診療所の道を歩むことになる。
医療法人財団・健友会には9つの診療所があるが、中野共立診療所を除いて一番規模が大きく患者数も多いのが、ここ西荻窪診療所だ。ところが、である。伝統があって規模も大きな診療所が、今、苦戦しているというのだ。志田祐司事務長はこう説明する。
「02年度に月平均815件だった外来患者数が今年度はかろうじて700件、100件は減りました。経常利益も02年度は5000万円で、月に500万の収益を上げていたのが、03年度は2300万円、04年度は1000万円、02年度と比べると5分の1に減りました」
今年度も黒字予算を組んでいるが、事業収益が予算に到達せず、このまま行けば、赤字に転落してしまうという。
成人健診や高齢者健診、事業所健診も数多く実施していたが、高齢者健診は誕生月健診への変更などで年間で1〇〇人ほど減った。事業所健診も不況による事業所の閉鎖などで減ってきている。区民健診有料化による減少の顕著な例が肺がん検診だ。1〇〇〇円の費用負担が生じるようになったら、年間200人ぐらい受けていたのが、わずか数十名しか受診しなくなってしまった。
西荻窪診療所はこれまで優良診療所だった。それがこの2、3年で経営が急速に悪化し、「要対策診療所」になってしまったのだ。この原因はどこにあるのだろう。
「02年度の医療改悪で、高齢者医療費の定率制の導入、健康保険本人の3割負担、外来総合診察料廃止の問題などがボディブローのように徐々にきいてきているのではないかと思います。投薬の投与日数も変化してきていて、22日以上の投与が倍加しています。それらの反映で外来患者さんの来院日数で見ると、02年度は月平均2・2日来院されていた患者さんが04年度は1・78日と2日を切っています」と事務長は話す。
「どうしたらいいか」と一人ひとりが考える
それならば、今後の対策をしっかり立てなければならない。どういうふうに考えているのだろうか。辻恵美子所長は、
「私は95年にこちらに来たんですが、その当時は有床のために月に500万の赤字を出す要対策診療所だったんです。それでベッドを閉鎖して人件費を減らし、あっという間に500万の黒字を出す診療所に転換しました。その当時は、やらなければいけないことが見えていたと思うんです。でも、今はちょっと見えにくい気がする。95年のような抜本改革というのはむずかしいと思います。また、普通にきちんと経営管理をしていれば黒字を生み出すことができた医療情勢も今は一転しました」と言う。さらに、と続ける。
「民医連の目玉としていた医療サービスの向上も、今はもはや普通のこととなり、それは戦力にはなりません。それでももちろん、外来患者さんを増やすなど、地道な努力は続けていかなければならないと考えています」
その地道な努力の一つとして、看護師のところでは今年から、健診担当、在宅担当、慢患担当と担当者を決め、健診のお誘いや慢患の中断チェックなどをきちんとできるような体制をつくった。
「健診のフォローをこまめにやって数を増やしていくとか、中断の慢患患者さんに声かけをするとか、日常的な医療活動の中で地道に努力していくしかないとぼくも思っているんです。今日、スタッフ会議を開いたんですが、『大変になってきている。どうしたらいいだろう』という認識が一人ひとりに生まれつつあります。まず全職員がきちんと認識をもつ、そこから始まるんだと思います」と事務長は言う。
抜本的な改革だけが改革ではない。日常の医療活動を再点検し、改善していく。その地道な努力の積み重ねによって展望を見い出したい……管理部はそう考えているようだ。
マンネリ化を防ぐ
西荻窪診療所は在宅分野にも積極的に取り組んできた。通所リハを行い、また、西荻南訪問看護ステーションと在宅介護支援センター「ケア24西荻」を併設し、医療と介護のネットワークを地域に広げてきた。往診管理数も去年と比べて微増だという。ここにも一つの展望の芽がある。
今年の7月のある日、通所リハに通ってくる利用者さんたちは目を細めて楽しんだ。近所の幼稚園から、園児たちの歌の発表会に招待されたのだ(左写真)。発表会当日は父母たちで満席になるので、前日の通しのリハーサルに招かれた。2年間デイケアを担当してきた窪田典子看護師長はこう述べる。
「幼稚園とは、子どもの日や敬老の日など年に2、3回、交流をしてきているんですよ。向こうに呼ばれたり、通所リハに来て歌をうたってくれたり、『いつまでもおげんきでね』という手紙のついた手作りのプレゼントを持ってきてくれたり。終わったあと、小さな手で肩たたきをしてくれることもあります。利用者さんたちは孫を見ているみたいな気持ちになるんでしょうね、とてもいい表情をされ、中には涙ぐむ方や、手を握って離さない方もいます」
こうした小さな子どもたちとの交流は今後も大事にしていきたいという。また、マージャンをやるようになってからは、男性の利用者さんが増えたそうだ。
「日常の医療活動を見直すということでは、デイケアも例外ではありません。今までのやり方を踏襲するだけではマンネリ化してしまい、利用者さんにとって魅力のないものになってしまう。マンネリ化を防ぐためにも、研修などにも積極的に参加して常に質を高めていくことが大切です」と看護師長。
通所リハをやっていることもあって、西荻窪診療所はスタッフの人数が多い。常勤スタッフが10人(うち看護師5人)、通所リハの送迎の運転手さんなど非常勤スタッフを常勤換算すると、合計で18・01人になる。中野共立病院建設のための配置で常勤スタッフが増えてもいる。
こうした法人全体の人員体制の課題も抱えつつ、この難局をどう乗り切っていくか。「日常的な医療活動の地道な努力」が実を結ぶかどうかはひとえにスタッフ一人ひとりの仕事力にかかっている。 |