新病院の医療構想
――健友会と東京勤医会との連携が進んできており、「協同組合報」6月号のトピックスでは健友会の入江徹専務理事にご登場いただき、中野共立病院の建て替え問題を中心に、代々木病院との連携、健友会の「今」などを語っていただきました。続いて今回は松永先生にお話をお聞きしたいと思います。
まず、松永先生が今、東葛病院にいらっしゃるのはなぜですか?
★去年6月に中野共立病院の院長になり、建て替えのための病棟閉鎖で東葛病院に出向しています。入江専務も話しておられるように、中野共立病院は東京民医連から協力体制をとっていただいたおかげで、全ての病棟を閉鎖して一気に建て替えるという道が実現することになりました。
現地での一挙建て替えとなると、その間の職員をどうするかが一番の問題であり、それが解決しなければ建て替えは不可能です。うちの場合は工事期間が1年半あります。この長期にわたる期間、職員70人を東京勤医会はじめ東京民医連の各法人が引き受けてくださいました。新病院は来年10月にオープンの予定です。
医師は研修医も含めて11人全員が、健友会の診療所の外来単位を受け持ちつつ出向しています。代々木病院に5人、東葛病院に3人、その一人が私です。それから立川相互病院に一人、川崎協同病院に一人、あと今年卒業の研修医が一人、代々木病院で研修をスタートしています。
――では、その新しい中野共立病院の医療構想をお教えください。
★東京都心部では今、うちや代々木病院のような中小病院はどこも困難な状況を抱えています。特に民医連の中小病院は、差額ベッドを取らずに医療の質を上げようと頑張っていますが、病院単独で内科、外科など複数科をそろえ、急性期から慢性期を担うといった自己完結型医療は大変厳しくなってきているのです。
そういう中で、中野共立病院は最終的に現在地で建て替えることになり、病床を縮小することになりましたので、単独の限界がますます出てきました。そこで、代々木病院や東京民医連の各病院との連携を強める中で、地域の期待に応えられるような新病院をつくっていこうとなったわけです。
具体的に説明しますと、病床については、今までは134床でしたが、110床に縮小になります。療養病棟が55床、一般内科病棟が55床です。外科病棟は廃止して代々木病院に集中し、中野共立病院はより地域密着型に移行します。
それから、新しい医療展開として透析が開始されます。入院透析、外来透析合わせて30床をワンフロアに作ります。それに向けて今、中野共立診療所で透析を10床から始めています。
また、これまで持っていた検査機能はそのまま継続し、救急医療、医学療法、作業療法も継続します。
――外科を廃止するにあたって、地域から「困る」という声はありせんでしたか?
★たしかに「新しい病院になっても存続してほしい」という要望はありました。外科病棟で働いていた医師や職員の中にもそういう思いはありました。
本来は、地域に外科も内科もあって、入院の必要のある患者さんは近くの病院で入院できるというのが好ましい姿だろうとは思います。しかし、外科手術の症例の蓄積の必要性などを考えると、中野共立と代々木が同じような規模の外科を独立でやっていくのは大変厳しい。しかも、中野共立は建て替えで規模を縮小しなければいけない事情がある。ならば、外科病棟をすでに持っている代々木に集中しようとなったわけです。
経営面から見ても、これまで中野共立病院はずっと赤字で、病院の赤字を診療所が補ってきた経緯があります。しかし、今は、「病院は赤字でも仕方がない」という医療・経営構造では法人全体が立ち行かなくなってきています。病院単独で黒字を出さなければいけないということを考えると、病院同士で連携をとりながら、それぞれの独自性を打ち出していく必要があるのです。
研修も連携の力で
これからの病院は、患者さんの要求に応えるために、また経営を安定させるためにも、「医療の質」を絶えず向上させることが必要です。「医療の質」を考えた場合、研修機能をきちんと持つということが大事であり、それが生命線だなと思っています。
そのためにも連携は非常に重要です。代々木病院は今年6月に管理型の研修指定病院の申請をしました。それが受理されれば、代々木と中野共立を中心とした都心部での魅力ある地域医療の研修機能を充実させることができます。
実際問題、中野共立や代々木の規模で、若い医師がライフサイクルに合った学習のできる環境を単独でつくるというのは非常に困難です。都心には大学病院などの大病院がいくつもありますから、外科手術の件数などもそれほど増える見込みはありません。こうした厳しい現実の中で、魅力ある病棟医療をやっていくことは困難になりつつある。医師体制の展望を開くためにも、連携は不可欠です。
――松永先生は01年8月に中野共立病院から代々木病院に来られ、インタビューでこう話されています。「都心部での地域医療の新たな挑戦のために、その第一歩の人事交流として私は来たと思っています」(「勤医会報」02年2月号)。それから4年間、連携をすすめるために努力されてこられたわけですが、何が苦労だったでしょうか?
★連携というのは、現実問題としてはそう簡単ではないですよね。私が代々木病院の副院長として来てからも交流が進まなかった時期があります。その原因は経営的な問題であったり、中野共立で外科をなくすことに対するいろいろな思いであったり、さまざまでした。
そういう中でも、高津先生が院長、私が副院長という立場で、隣の席に座りながら中野共立の人たちと話し合ってきた。また、東葛病院や勤医会の方にも経過を知ってもらい、助言もいただいた。こうした具体的な人事交流なくして、単なる会議だけでは連携は難しかったと思います。
さらに医師の人事交流をすすめ、中野共立から中堅の医師が代々木にローテートで行き、東葛病院からも若手の医師が代々木に行って、さらに中野共立に行って、また東葛に帰って頑張っている医師もいます。こうした人事交流は連携をすすめるうえで大きかったと思うし、さらにこれから大きな意味をもってくると思います。「同じ釜の飯を食う」じゃないですが、実際に一緒に仕事をするというのは、お互いの法人を理解し合うのにも、とても大きな力になります。
――こうした法人同士の連携は今の困難な時代を切り開くための一つのカギになるといえますか。
★そう思います。私たちは、民医連らしい地域医療を情勢に負けることなく、お互いに活力をもってやっていくためにはどうしたらいいのかという、大きな理念のもとに話し合ってきました。こうした土台があったからこそ、中野共立病院の建て替えという大問題が解決できた。職員を引き受けてくれる先があったからできる事業であって、単独ではとてもできません。1年半もの間の出向先を見つけられるのは、民医連以外の病院では考えられないことでしょうね。実際、民間の病院だったら、閉鎖を考えると思います。
時代を切り開くために
――入江専務のお話の中で、「診療所の往診患者さんが軒並み減っている」という問題を指摘されていました。これは大変な問題ですよね。
★往診患者さんが減っていて、しかも歯止めがかかっていないのが大問題です。これは新病院の成功、健友会の動向を大きく左右する問題だと思います。たとえば中野区では、新しい開業医が増えていて、その多くが往診をしています。往診専門のクリニックもできています。医師会が行ったアンケートによると、開業医の往診件数は「現状維持」あるいは「増加」となっていました。ところが、健友会の診療所は中野共立診療所以外全部減らしている。この現実をどう見たらいいのかということです。
新しいクリニックは24時間対応でやっている所も増えてきています。こうした先端を行く時代の荒波をもろに受けている都心で、外来の受付を4時半に終了して、「患者さんを増やしましょう」と言い続けられるのか?
職員の労働条件を守りつつ、こういう現実をどう打開していくか。これは急を要する大変な課題です。
差額ベッドを取らない、患者さんを差別しない、いつでもかかれる病院が地域にある――私たちは、大きな病院ではできない地域医療をつくっていこうと、中野共立と代々木の連携を強化する方針を出しました。
そのために、医療の機能分担をして協力して合っていくというのは、新しい時代を切り開いていくためにも絶対に必要なことです。将来を見据えた第一歩を踏み出しているという気持ちでやっていきたいと思います。
在宅支援相談室新宿 所長 矢幅 操
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開設1ヶ月で名刺100枚がなくなった!
――在宅支援相談室が2ヶ所開設されたそうで、取材に伺いました。「相談室」というネーミングがいいですね。
★もう少し短いほうがいいのかもしれませんが、「何でも相談できるよ」というメッセージが伝わるようにしたかったんです。幡ヶ谷が5月、新宿が6月に開設となりました。幡ヶ谷は(医)はたがや協立会、新宿は(株)外苑企画商事が経営母体です。
開設して1ヶ月で印刷した名刺100枚がなくなりました。東京都の広報に掲載されたのを見て、入浴サービス事業所、ヘルパーST、福祉用具などのサービス事業所の担当者がどっと来るし、私もあちこち出かけていますから。マッサージの会社も営業に来ました(笑)。「独立」というのはすごいことなんだと改めて実感しているところです。
――「相談室」は居宅介護支援事業所と違うのですか? なぜ独立することになったのですか?
★業務は同じです。あちこちのサービス事業所が兼務していた居宅介護支援事業所の業務を一つにまとめて独立させたわけです。
居宅介護支援事業所はこれまで、病院以外は全部兼務でやってきました。たとえば新宿では、戸山訪問看護STとふれあいサポートが居宅を併設していて、代々木病院の居宅介護支援事業所も新宿区を担当していました。これらを合わせると、勤医会グループの新宿区のケアプランは150件近くにのぼります。
それから、1年前に戸山訪問看護STと第2戸山訪問看護STが合併し、ここの居宅だけでケアプランが100件を超えるようになりました。100件となると電話の数も相当です。
しかも、法的な整備も厳しくなり、戸山訪問看護STに限らず、どこの訪問看護STでもケアマネを兼務する所長などは悲鳴をあげるようになってきて、業務の整備の必要性が出てきました。それで、一定のケアプラン数があれば、独立させたほうがいいということになったのです。
もう一つは、介護保険の見直しの中で、介護サービス事業所と居宅介護支援事業所の併設は好ましくないと言われ、サービスの公平・中立という方向が重視されるようになってきたためです。
普通の連携ができるようになった
――相談室をつくって良かったことは?
★独立して何が良かったかというと、他の仕事に煩わされずに即決できるという点です。依頼が来るでしょ、そうすると、その日のうちに訪問できるんです。これまでは、たとえば訪問看護STに併設していると、依頼の電話が入っても、すでに時間が決まっている訪問看護をキャンセルして行くというわけにはいきません。松戸の「すぐやる課」と同じように、要望に迅速に応えるというのは独立した事業所だからできるメリットです。
「新宿」のスタッフは私と佐藤かやのさんが常勤で、非常勤が堀内洋子さんと森郁子さん、計4人です。みんなベテランですから、なおのこと迅速・臨機応変にできます。
それから、普通の連携ができるようになったかなと思います。「普通」というのは、たとえば私が担当している14人を見ると、全員が複数の事業所を利用していて、しかも勤医会関連の事業所だけを利用しているという人はほとんどいません。これは、地域の中のたくさんの事業所が連携をとりながら、一人の利用者さんを支え合っていくサービスが当たり前のことになりつつあるということの証(あかし)だと思います。逆に言えば、勤医会関連の事業所だけで自己完結はできないし、そうしようと思ったら間違うということです。
さらに、自治体ごとの関係者会議が開かれるようになりました。たとえば新宿でいうと、うちと戸山訪問看護ST、おおくぼ戸山診療所、つくし薬局、ファミリーケアふれあい戸山、この5つの事業所の職員が集まって、地域の在宅医療・介護のための話し合いがされるようになった。
それから、ケアマネの会議もできるようになりました。症例検討をするなど、ケアマネージメントの質の向上のために、キーステーションの役割を多少なりとも果たすことができるようになりつつあると思います。
地域ネットワークを肌で感じながら
――今、何が課題になっていますか?
★私たちの仕事は、簡単に言えば、サービスの調整・ケアプランの作成、それから訪問調査です。認定のための訪問調査を新宿区と契約していて、区の委託として訪問調査をやっています。
仕事の中心はやはりケアプランをどう作るかで、質の高いケアマネージメントができるかどうかが今、全国的にも焦眉の課題になっています。そこに応えていくためにどうするかというのが私たちの今の課題になっています。
利用者さんのほとんどが、レンタルベッドを使って、ヘルパーさんが入って、訪問看護が入ってと、複数のサービスを利用しています。その複数の事業所が同じケアプランで共通の目標をもって、それぞれが関わって自立支援するということになるわけで、その計画を作成して提示して、みんなの調整をして同じように関われるようにするというのが私たちの仕事です。それはとても手間暇がかかる、根気の要る仕事です。
さらに、複数の事業所が集まって担当者会議を開きなさいとなっていますが、一堂に集まるのがこれまた難しい。参加できない事業所には連絡をして、サービスを調整しなければいけません。
仕事量からすると、本当に報酬が少ないので悩んでしまいます。介護報酬は1件当たり8500円、東京都は23区特別加算がついて9112円です。4種類利用者のプランで1万184円です。
「新宿」のケアプラン管理数は現在106件、請求数は6月が88件でした。
厳しい面はいろいろありますが、ここで仕事をしていると、地域ネットワークのありようが利用者の目線で見えてきます。毎日のように訪問しますから、利用者さんの意見や要求はリアリティをもって感じられるんです。
それから、地域には無数のNPOがありますが、理想を掲げて地道に頑張っている人たちの存在がはっきりと見えます。たとえば、路上生活者に住居と食事を提供して、社会復帰に向けて地道に支援を続けているNPOがあり、そこからの依頼でケアプランを担当させてもらっています。「こんなお情けでやってもらったって何もならないんだよ!」と逆に怒鳴られたりすることもありますが、それも制度的矛盾があるからであって、そういう矛盾に対してはきちんと声をあげつつ、地域ネットワークを肌で感じながら仕事ができるというのはいいなと思っています。
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