千駄ヶ谷駅の向こう、雨の新宿御苑を十数年ぶりに歩きました。
梅雨どき、思い浮かぶものは桑です。上州山奥の農家育ちの私は、養蚕のまっただ中、雨に濡れた桑の枝を切って耕耘機の荷台に山盛り運んできた両親が、家の中の土間にうずたかく積むシーンが思い出されます。
桑を蚕にやると、両親は汗でぐしょぬれになった作業服を脱ぎ捨て、一風呂浴びてホッとするという日々。色白の母は桑の葉にかぶれやすく、桑の露がふれたところがよく赤くなっていました。
早朝から夜中までの激しい労働で寝不足が続き、白く輝く繭玉をいくつもの大きな布袋に入れて出荷するころには、両親ともげっそり痩せていました。
出荷した帰り、両親はよくチョコレートを買ってきてくれました。ようやく一仕事終わったのだという達成感をチョコレートの甘い味に感じたものです。
桑の木は、お蚕の季節が終わる秋には、枝が剪定され、ゲンコツの形になります。高校時代、労働者たちに混じって安保条約破棄、米軍基地撤去を求める歌を歌うようになったとき、「桑畑」という歌には特に共感しました。
1975年、代々木病院で働きはじめ、新宿御苑を初めて歩いたとき、たしか日本庭園の西端に大きな桑の木が一本、堂々と立ってるのに出会い、感動しました。
今年、梅雨になって、御苑の桑はどうしているだろうと訪ねましたが、無くなっていました。母と子の森の近く藪のなかから枝が少し伸びている程度のものはありましたが。
あたりを睥睨(へいげい)するかのようなNTTのビルを遠景に、池いっぱいにザワザワと群れ広がった蓮の一葉に今の自分を見たような気がしました。
【写真と文】
代々木病院 橘田 淑子 |