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協同組合法vol.27

医者のつぶやき
あれこれ思い悩みつつ

みさと協立病院副院長 生田利夫

 初夏の風に乗り、江戸川の土手を自転車で往復するのはいいものだ。代々木病院から移動して3年、すっかり、自転車ツーキニストの仲間入りをしている。ストレスで増加していた体重も独身時代に戻り軽やかになった。
 着任早々、長期入院での入院管理費の逓減がなくなった医療保険の改訂と特例許可老人病棟から療養病棟への転換が、重なった。入院患者さんたちに原則として3ヵ月の入院で次の転院先を探してもらっていた状況から、長期の入院を前提とした療養に切り替わってきている。みさと協立病院の療養病棟でも、在宅で療養している方の短期の介護軽減目的の入院もあるが、多くは施設入所待機や看取りになるまでの療養をされる方である。介護保険でいろいろな制度が整備されてきたといっても不十分であり、家族が見切れないという状況で、転入院されてきた方々である。
 急性期病院でゴールと判定されて、うつってこられた方の中でも少しずつ改善されてくる方もいる。何とかもう一度在宅でみれないだろうかと家族の調節にトライするのだけれど、一度あきらめられてしまったものを覆すのはなかなか困難である。在宅に残っている家族も高齢で要介護であったりするからだが、急性期病院での家族単位でのケアマネージメントをもう少ししてくれたらどうだったのだろうかと思うことも多い。
 また、胃ろうが簡単にできるようになったので胃ろうでの入院依頼も多い。栄養状態は改善されるが、施設入所といってもほとんど展望がなく、長期の入院を続けていくことになるのだが。本人はこういうことを望んでいたのだろうかと思い悩むこともある。最近のローマ法王の死の迎え方とアメリカでの経管栄養の停止による看取りは、示唆に富む。胃ろうにしなければ死んでいくということが、明らかになった場合、本人の意向がはっきりしない中で、家族が「胃ろうにするかどうするか=生かすか殺すか」という選択を迫られれば、胃ろうにして生命維持を願うということになる家族の心情には、共感する。長期的にみるとどうなるかを考慮しているゆとりはあるのだろうか。医療者、家族などまわりが死を受容していくということもご本人の尊厳を守っていくために必要ではないのだろうか。みさと協立病院での長期入院で徐々に飲み込みができなくなってこられる方々にどう接していけばいいのか、ご家族には、点滴だけで看取っていくのも一つの選択肢だと提示してはいるのだが。
 わたしは、療養病棟の診療での不全感を金曜午後のクリニック千駄ヶ谷での往診でリフレッシュする。やはり、在宅で療養できる人たちの方が幸せに思う。春休みの医学生実習で、在宅診療に目を輝かせていた医学生たちが、高学年になってもその気持ちを失わないでいてほしいものだ。




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