 |
| “将来の桜並木”を夢見ている荒川土手の八重桜 |
やっと桜の季節が到来したが、2005年の春は、花見どころではないのかも知れない。
2月15日、「憲法9条の会」の小森陽一さんの足立区での話。国連憲章と日本国憲法と教育基本法は、第二次世界大戦後の国際世論として生まれ、そのキー・ワードは、諸国民の公正と信義にもとづく国際平和の「希求」という、民主主義と進歩の思想だ。
2月18日、戦後の昭和27年に沖縄で生まれたテノール歌手・新垣勉さんが、東京大空襲を忘れじと海老名香葉子さんの作った「青い空」と、“私のお墓の前で泣かないでください……”で始まる「千の風になって」と、「さとうきび畑」を、足立区で唱った。
2月21日、「NHKへの政治家介入、報道・表現の自由を考える市民集会」が417名の弁護士たちの呼びかけで開かれ、「朝日新聞」VS「NHK」のケンカと捉えていてはいけない、とのことだった。
3月10日、東京大空襲60周年。広島・長崎に劣らない10万人以上の死者と100万人以上の被災者が出たのだ。海老名さんの悲願だった「慰霊碑」と「母子像」が建立された。早乙女勝元さんは「知っているなら伝えよ、知らないなら学べ」と、朝日新聞で訴えている。
さて、写真のサクラは、荒川土手のスーパー堤防に咲く八重桜である。昔、熊谷から千住までは熊谷堤といわれ、明治19年、地元住民のカンパで、78品種、3225本の桜が、県境から千住まで、今の隅田川(昔は荒川)沿いに植えられ、世界にも知られた名所だったのだ。ワシントンにも此処から桜が贈られた。
純白の「白妙(しろたえ)」、赤い「関山(かんざん)」、黄色い「ウコン」、「紫桜(むらさきざくら)」、淡墨色の「墨染(すみぞめ)」などが花のトンネルをつくり、「荒川の五色桜」と言われていたのである。しかし、明治44年に洪水対策として荒川放水路が作られることになり、大半の桜は撤去された。400本あまり残ったものは昭和初期まで人々を楽しませてくれたが、敗戦後、薪にされたり、排ガスなどで皆無になってしまった。いま咲いているのは、足立区制50周年の1981年に植えられたものだが、土手には数十本あまりの小振りのものがまばらにあるのみである。
【写真と文】
あだち荒川土手に桜を植える会
元全日本民医連事務局次長 川口 貞勝 |