「やめたい症候群」からの脱出
東葛病院5東(急性期一般内科)看護師 南谷 千寿子さん(27)
南谷さんは東葛看護専門学校を卒業して東葛病院に入職した。学生時代、東葛看学の特徴でもある地域フィールドや生命活動の学びで燃えに燃え、目標高く現場に立った。ところが、「イキイキできたのは4月の最初だけ」で意気消沈、その後は「やめたい病」にかかってしまった。「365日のうち360日はやめたかった」というから、相当重症だった。その「やめたい症候群」からどうやって脱出したのだろうか。
――やめたいと思うようになったのは、なぜ?
私は成績の順位とか偏差値とか、数字で出るような勉強が好きで、看護学校では勉強熱心のほうでした。でも、仕事の現場に立ったら、数字で答えの出る仕事はありません。そうなると、要領がものすごく悪いことがわかったんです。「人より優れていたい」という意識が強かったから、チームワークも苦手だった。東葛看学から5東に3人入ったんですが、仕事が一番できない。「看護の理想と現実のギャップ」なんてレベルじゃなく、働くという現実に打ち砕かれちゃったんです。辛くて、助けてほしくて、いろんな人に相談しました。私の「やめたい病」は有名でした(笑)。
――それでもやめなかったのは?
じつは私、高校生活がつまらなくて、卒業して2年間はフリーター、というより引きこもりに近い状態だったんです。パン屋でアルバイトはしていましたが、それで生活できるわけじゃないし。
カードを作るにしろ、運転免許もなかったから、自分の身分を証明してくれるものがないわけ。それで学生証というものが欲しくなって、どうせなら専門職をと看護学校の受験勉強を独学で始めたんです。どこにも所属しないというあの2年間の苦痛を思い出すと、やめる勇気が出なかった。勇気がなかったことが幸いでした。
自信喪失状態のとき、先輩がこう言ってくれたんです。「たしかに仕事の要領はすこぶる悪い。だけど、患者さんに寄り添う看護を一生懸命にやっていることはよくわかっているから、時間がかかっても応援しているよ」。自分の良さを見ていてくれると思ったら、嬉しくて涙が出ました。こういう先輩になりたいとも思いました。
悩みながらも2年目に入り、後輩が入ってきたことで、気持ちが明らかに違ってきました。1年目の人の仕事を見ると、「ここが1年目にはわからないけど、私にはわかる。1年頑張った意味があるんだな」と、自分の成長が見えたんです。それに、一人ひとり伸び方は違いますが、それぞれに良さがあることもわかる。その良さを見ている自分に気づいたとき、「ああ、自分もそうやって見てもらっていたんだ」とわかったんです。
人と比較して優劣をつける必要はないということがわかると、やめたい根本的な理由が取り払われたみたいで、初めて気持ちに余裕ができました。下に後輩ができるってすごいプラスになるんですね。
――今、「やめたい」と思うことは?
ないと言ったらうそになるけど、「看護は面白いな」と思うことが多くなりました。学生のときは「自分だけが」の性格だったんですが、お互いの良さ、力を認め合っていく看護を学んだことは大きかったです。去年、4年目でチームリーダーになり、まだ中途半端なところもいっぱいあるけれど、お互いが補い合うことでいいチームができるということは外さないでやってきたつもりです。
後輩たちの成長はめざましく、私もうかうかしてはいられません。
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