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ある友情について
代々木歯科 秋本ヒロミ
これは、ある友情についての話。
先だって、旧正月を過ぎて間もない北京に、高校時代からの仲良しを連れて行きました。わたしにとっては久々の北京です。かなうならば西安に住む友人を紹介したかったのですが、時期が時期でもありますし、西安からはるばる極寒の北京にやって来いと言うのも気がひけて一会はなりませんでした。それでも故宮をはじめとして、むかしながらの胡同や、汪遵が「秦筑長城比鉄牢(秦は鉄牢のように堅固な長城をきずいた)」と詠んだ長城も人気の八達嶺で見学し、それなりに楽しい北京的休日を満喫してきました。
それはさておき、わたしが件の西安人と知り合ったのは学生時代、お金はなくても時間があったころです。理想ばかりが高く、現実的には矮小な自分に打ちのめされていたころでした。
今でこそ医療事務の顔をしていますが、わたしは史学畑の出身です。専門は中世中東でした。世界でもっともむずかしい言語のひとつであるとされる言語にアラビア語がありますが、これにチャレンジするほどに中東を愛していたにもかかわらず、時に利なく地に利なくして、ついに中東から離れることを決心したころに出会ったのがこの西安人です。
彼は自ら認めるとおりそれほどの学はありませんし、その姓から察するに根っからの漢民族ではありませんが、十三の齢から家族のために働いていたそうで、妙に世慣れた感じがありました。高い理想をかかげつつも世の中の流れにそって腐っていくしかないと思い、鬱々とした日々を送っていた夢想家のわたしにとって、より良い明日のために邁進しつづける彼はびっくりするほどあざやかでした。また彼にとっては、きれいな服やおいしい食べ物にはあまり興味をもっていないくせに、史学のことになるとたちまち熱くなるわたしの豹変ぶりがおもしろかったようです。
でも、お互いに友だちだなって思ったのは、お互いの過去を話し合ってなじんだときでも、お互いの苦境について励ましあったときでもなく、わたしたちより前のことについて話したときです。わたしは彼に、日本人を好きかと訊きました。いっそ怖いぐらいに緊張していました。好きでもきらいでもないと彼が言うので、でも南京(虐殺)のこととか、と重ねて言うと、ようやくわたしの言いたいことがわかったらしく、彼はこう答えました。貴女がやったわけじゃない。
もちろん、これでわたしのすべてがゆるされたとは思われませんが、このときわたしはたしかに糸みたいにか細いつながりを感じたのでした。
わたしたちは同世代で、直接的な戦禍をこうむったことのない世代です。それでもアジアの各地には戦争の傷痕が永久に残っていて、わたしたちのあいだには暗くて深い河が流れているので、こうして細い心の糸を1本1本渡していくしかないのです。それがいつかは架け橋になることを信じて。
以前は手紙や電話でやりとりしていたものが、次第にファックスやEメールに変わってきました。飛行機の便も多くなったし、入国にあたっては査証もいらなくなりました。こうして大陸との時差は確実に消失しつつあります。便利な世の中になったものです。
でも、ひょうひょうと冷たい風の吹く長城で西の方角へとばしたテレパシーも、きっととどいているはず。これからもそうして、一番大事なものを河中に落として流してしまわないようにしたいと、わたしは思います。なんたって西安と東京のあいだには、河ばかりか海も山もあるのですから。
これはそんな、ある友情についての話でした。
初めてビキニデーに参加
法人事務局 看護学生室 齋藤奈津子
今回、初めてビキニデーに参加しました。2日目の分科会では、ビキニ事件の被害の実状や原水爆禁止運動の歴史、核兵器を巡る今の情勢などを聞きました。5年前のNPT再検討会議でアメリカなどの核保有国が核兵器を廃絶することを明確に約束したこと、しかし、5年経とうとしている今もそれが全く実行されていないどころか、今も3万発もの核兵器が地球上にあり、さらにアメリカのブッシュ政権は核兵器の小型化など使えるように開発を続け、核実験再開や核兵器使用を公言していることを初めて知り、許せないことだと思いました。
また、最終日のビキニデー集会では、第5福竜丸の乗組員だった大石又七さんのお話を聞くことができました。大石さんは、当時の乗組員のうち半数以上が亡くなっている中で自身も病気と闘いながら、「死んでいった仲間が『被害を伝えていってくれ』と残りの命を与えてくれたと思っている。生き残った者としてその思いを伝えていく」「これからの世界に核兵器はあってはならない」と自らの体験を語りながら伝えてくれました。そして、これからの未来を担っていく若い人たちに向かって「君たちは日本の宝。世界中の若者達が手をつなぎ新しい世界を作ろう。しっかりとした目標を持って生きて下さい」と切実に語りかけていた姿がとても印象に残っています。
今年は被爆60年です。今まで戦争や原水爆の被害で苦しみ続けてきた被爆者や、「私たちが生きているうちに地球上から核兵器をなくして欲しい」と平和を願い自らの体験を語り続けてきた被爆者の思いを受け継いでいくのは、これからを生きていく私たち若い人なんだと改めて感じることができました。そして、5年ぶりにNPT再検討会議が開催される2005年が核兵器廃絶に向けて、とても重要な年であることもわかりました。自分にどこまでできるのかまだわかりませんが、今学生担当の仕事をしているので、今回学んだり、感じたりしたことをまずは学生に伝えていきたいと思います。参加できて良かったです。
裏わざ紹介
東葛病院 地域健康管理室 小山英利
花粉症の人たちにはつらいつらい季節がやってきた。
テレビやラジオ、新聞に毎日伝えられる「花粉の飛散情報」。それと同じく目のかゆみ、くしゃみ、鼻水、鼻づまりの薬や花粉対策グッズのCM。各社書入れ時である。
かなりの数の人たちがこの花粉症に悩んでいるようだ。
いつもは車通勤している私だが、会議などでの移動には電車を利用することが多い。その車内での光景に驚いたことが二つある。一つはあの狭い空間の中で、あっちでもこっちでも鼻水をすする音。そしてその合間に「あ〜っくしょん!」と大きな音が。それが以外にもリズミカルなテンポで右から左から、そして前から後から、立体的に聞こえてくる。これはこれで見事であると妙に感心している。
立体的といえばもう一つ。車両の半分いや8割くらいの人がマスクをしているではないか。それも最近流行の立体マスク。見慣れていなかった私には、テレビ白黒時代に放送していた忍者番組「カラス天狗」そのものだった。最初はとても奇妙にも見えたが、何回かカラス天狗いや立体マスク愛好者と出会うたびに、次第にその奇妙さも薄れ、いまや別にどうということもなくなるから不思議だ。
ところで、みなさんは鼻水が流れ出てきた時どうしているだろうか。ティッシュペーパーで鼻をかむのが一般的。しかしとめどなく流れる鼻水にはティッシュが何枚(何箱)あっても足りない。そこでティッシュをちょこっと工夫するだけで経済的な鼻水対策の裏わざを紹介しよう。
鼻をかむのではなく、ティッシュを鼻に詰めるのである。これだけでかなりティッシュの使用量は減る。両方から流れ出る場合は両方に詰めればいい。しかし、ここからがさらなる裏わざ。一穴1枚では合計2枚のティッシュが必要となるが、1枚のティッシュで両穴をふさげばいいのである。
やり方は簡単。まずティッシュを半分に折り、その両端を鼻の穴の大きさに合わせて丸め、そして両穴に装着。たったこれだけで、とめどなく流れ出る鼻水も完全にシャットアウト。しかも経済的。皆さんもぜひお試しあれ。
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