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協同組合法vol.22

トピックス/ハンガリー経済の現状――ハンガリー生協(連合会)本部の訪問から見えたもの

東京都中小企業団体中央会副参事 猪瀬 博

 私たち「事業協同組合・医療と福祉」の上部団体は東京都中小企業団体連合会(中央会)です。この中央会の猪瀬博さんが、世界の労働事情調査のため04年11月下旬にハンガリーとチェコを視察されました。
 編集部では、事業協同組合のあり方を世界的な視野から学ぶ観点から、この視察内容を「医療と福祉」に寄稿していただきました。
 中央会は、中小企業等協同組合法により、昭和31年に設立され公益性の高い事業を行う法人で、銀座1丁目にあります。中央会は国、東京都の補助金と会員からの会費で運営され、各行政庁との密な連携により、組合等(事業協同組合、企業組合、商工組合、協業組合、商店街進行組合、各連合会など)を通じて中小企業の発展に寄与することを目的に「組合の設立や運営」などについての相談を行っています。「医療と福祉」は設立準備からはじまり、さまざまな組合運営・経営・融資制度・各種情報などについて指導と援助を受けています。
 「医療と福祉」は2002年3月に設立され、今年度末に丸3年を迎えます。今後、医療と福祉をどう発展させていくのか、が問われているところです。そこで、「事業協同組合とは何か・組合の基礎」について、3月から数回のシリーズで掲載いたします。講師は今回寄稿頂いた猪瀬博氏です。ご期待ください。

 今回の東京国際労働事情研究会視察の初日となった11月30日の朝は、ハンガリーらしくかなり冷え込んだ。ハンガリー生協本部はブタペストの中心地にあり、同生協の副会長兼事務局長のスーケ・ゾータ氏が私たちを迎えてくれた。視察時間は店舗視察も含めてわずか3時間という短いもので、通訳を通じてゾータ氏の話を聞くだけという不十分なものだったが、説明から得た情報と店舗を視察した印象を報告したい。

ハンガリー生協の概要

 ハンガリーは1945年から1989年まで、共産主義国だった。89年に市場経済に移行してからのハンガリー経済は大きく揺れ動くこととなり、厳しい経済環境を余儀なくされた。94年には回復基調に入ったものの社会福祉予算に起因する財政赤字増大に直面している。また、02年の大洪水も大きな打撃を与えた。
 ハンガリー生協は共産主義時代から存在していた。しかし、現在の生協とは違い政府の配給組合的な存在であったため、自由主義経済の今とはかなり性格が異なっていた。
 現在のハンガリー生協の組織は240の単体があり、さらに生協が全額出資する会社組織が約100ある。そして、それら340の組合・会社をとりまとめる本部(連合会)が一つある。年に1回、全国の生協の代表が集まる「全国会議」が開催され、そこで連合会(本部)の役員を選出したり、その年度の基本方針などを決議したりしている。本部役員は、各ブロックの生協の代表14人と5人の員外役員による19人で構成されている。本部の職員は20人であり、通常は員外役員と職員で本部の運営にあたっている。
 また、生協本部は商業専門の学校を経営するなど社会的な事業にも貢献している。

現在のハンガリー生協の概況
店舗数 12,500店舗
売上高 20億ドル
国内食料品のシェアー 13%
組合員 70万人
職員 4万人(女性が7〜8割)

歴史と経営戦略

 1990年に入り共産主義時代から民主主義に移行し、新しい政府が誕生してからは、市場経済を発展させていくための政策が次々と打ち出された。しかし、このような状況になると「組合」という言葉が旧共産主義時代のイメージを連想させることから、政府の風当たりが次第に強くなった。それまでは全面的に政府の支援のもとに運営してきたため、当面はどうしても支援を受けながら自立していく必要があった。しかし一時期(前の政権時代)は、政府要人の中には支援どころか組合そのものもいらないのでは? とする意見も多く出て、生協の各店舗は政府の後ろ盾を失った時期もあった。この問題については時の政権と密接に関係しており、現在の与党の場合は、旧共産主義時代の幹部出身の議員が多いため関連法案をつくる場合等でも生協を援護してくれるため問題とならないが、野党が政権をとると再び生協バッシングが台頭するといった構図になっている。現在のハンガリーは、短期間でクルクル政権が交代するため、現在でも心配の種になっている。
1990 民主主義政権…共産主義が崩壊後、民主主義右派政権が誕生
1994 社会党政権…民主化2回目の選挙では「揺り戻し」で左派政権が誕生
1998 民主主義政権…民主フォーラムからなる若手を中心とした保守政権が誕生
2002 中道左派政権…社会党と一部民主連盟が連携し、再び左派政権誕生

 また、市場経済に移行したことから急に外国資本(特に外国の小売スーパー)が入ってきたため、小売業界(特に食料品業界)は競争が激化した。政府の後ろ盾を失ったり、外国からの企業が参入したりで一時(90〜92年)は大変な時代となった。1989年以前の共産主義時代は国の食料品の30%を生協が扱っていたが、92年には6%にまで落ち込んでしまった。市場経済に移行してわずか3年で実にシェアーが5分の1になるという緊急事態となった。
 そこで各生協は単独でこれらの試練を乗り越えることは難しいと考え、連合体としてまとまって対抗する方法をとった。これが前述した現在の組織となっている。
 連合会はまず、この落ち込みを打開するため、組合が加工食料品を自ら生産する生協ブランドの製造会社や、農業者や雑貨・食料品メーカー会社から直接仕入れをする卸(仕入れ)会社を創設した。
 特に1992年から次々と設立してきた卸会社は、96年には全国各地域くまなく設置するに至り、19社(ハンガリーは19の県から成り立っているので、その全ての県に設置)の卸会社を所有することとなった。この結果、仕入価額が格段に安くなったことから各組合員の小売店舗が商品を安く売れるようになったし、品揃えなども豊富になった。何といっても91年当時はコカコーラなど世界的な大企業は、生協をまともに相手にしなかったが、卸会社設立後(2年間経過)は値引きにも応じるようになり、力がついてきたことが証明できる。この成果があがって6%まで落ち込んだシェアー(食料品)は、現在では13%まで回復することができた。
 しかしその後、国内の物流基盤が整備され流通機構も整ってきたことから、19社も必要なくなり、97年には現在の5社に減らした。
 この成果も各店舗がそれぞれ個別に対応していたのでは到底実現できない事業であり、340の組合・関連会社が連合会としてまとまることができたことが大きい。
 また経営戦略として、卸会社を設置するとともに、生協が独自に商品を製造する、いわゆる生協ブランドの販売にも進出した。生協のブランド商品は現在約400種類ほど出荷しており、これが利益率の一番高い商品になっている。したがって、生協の店舗の中にはこの生協ブランドだけを扱って商売している店舗もあるぐらいである。さらに連合会が100%出資した小売会社も設立し、直営店(小売店舗)も展開している。この直営店も含めて、95年当時は2300だった店舗数が、現在は1万2500にまで増えている(国全体の小売店舗数は約6万店舗)。
 ハンガリーに進出している企業の中でトップクラスの大企業である「テスコ」(イギリス)、「メトロ」(ドイツ)等と売上高では肩を並べている。しかし、「テスコ」「メトロ」は、電気製品、衣料品、食料品など幅広く扱っているが、生協は食料品のみであり、食料品だけでみれば、生協がハンガリーのトップ企業となる。

ハンガリー生協の今後の課題

 今後の課題はいくつかあるが、大きく分ければ二つである。「外国の企業の進出ラッシュにどう対応していくか?」と、「EU諸国との統合に伴う諸問題への対応」である。特に今、脅威を感じているのは中国のハンガリー進出であり、かなり安い農産物が入ってくると思われる(現在はほとんど国産またはローロッパ産)。また、ベニーマーケットというドイツの店舗が安売り店として攻勢をかけており、新たな経営戦略を考える必要に迫られている。
 しかし、いずれの課題もハンガリー生協自身に力をつけていくことで解決できる問題である。
 ハンガリー生協は苦難の道を乗り越え、2〜3年前からやっと利益が計上できるようになった。しかし、このような問題に対応するために利益のほとんどを将来を見据えた投資にまわしている。その具体的な事業としては、ヨーロッパ諸国との業務提携である。現在チェコ、スロバキア、ハンガリーの3ヶ国で共同出資会社を設立し、一部商品を共同仕入れしたり、販売したりしている。また、イタリアの生協ともかなり具体的に業務提携の相談をすすめているところであり、北欧(コープノルデン)の国々とも連携を模索中である。
 04年5月1日にハンガリーはEUに加盟したが、経済の水準がEU諸国に追いつかない状況から、ユーロへの通貨統合は先延ばしとなっている。その見通しは09〜10年になると思われるが、通貨統合が実現すれば更なる国際競争に立ち向かわなければならない状況となる。この課題もEU諸国との連携によって乗り切れるものと考えている。                   




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