協同組合医療と福祉 ゆたかな医療・介護・福祉をこのまちに medical&welfare
HOME BACK
協同組合法vol.22

医者のつぶやき
至福の時

農大通り診療所所長 中村 正樹

 昨年7月から9年ぶりに農大通り診療所(以下農診と略)の所長として勤務している。職員も農診友の会役員も9年前とはすっかり変わっていた。9年前は開設時で、患者さんが少なくてどう対処していいかわからず、おろおろする毎日だった。しかし9年たった今はすっかり違う。

 農診を守ろうという友の会役員さん達の意欲、危機感が打開策を次々に生み出し、実践している。職員が医療に専念できるよう、月〜金曜日は82歳のKさんが早朝、農診の掃除をして下さる。往診(訪問診療)の運転手を友の会員さんが担当してくれる。電話・FAX付きの友の会事務所を友の会員から月々9万円のカンパを募って昨年3月に立ち上げた。会議を初めとした友の会活動に大いに役立っている。昨年9月からは、友の会有志が友の会の患者さんを対象に送迎ボランティアを始めた。現在、3名の運転者で、14名の患者さんが利用している。

 また、世田谷区在住の代々木病院友の会会員に区民健診を受けるよう呼びかけようということになったが、コンピューターから名簿を取り出すのにとても時間がかかるという。それで待ち切れず、とうとう10月から会員さんたちが手書きで名簿をつくり、呼びかけの葉書を出した。そして11月から1軒1軒電話をかけてくれた。60〜80歳代の方が必死になって電話で、健診を受けるようお誘いしてくれたのである。

 さらに圧巻なのは、毎月の「くらしと健康」「友の会だより」の袋詰め、発送作業である。さして広くない友の会事務所で、10名を超える60〜80歳代の会員さん達が農診の為にと作業を行っている姿は、見ていて瞼が熱くうるんでくる。また、ある民主団体の会合で、友の会役員さんが「我々の努力が足りなかったので、世田谷から民主法律事務所が撤退した。農診はずっと赤字が続いており、このままでは法律事務所の二の舞になってしまう。あの悔しさは二度と味わいたくない。ぜひ農診を利用してほしい」と、格調高く発言するのを偶然私は目撃した。そんな思いで友の会活動をやって下さっていたのかと、私の胸は熱くなった。

 世田谷で医療をするからにはと、世田谷区民の健康状態を調べてみた。区民の標準化死亡比(集団間の死亡率を単純に比較しても、集団ごとに男女、年齢構成が異なるので意味がない。そこで男女・年齢構成を同一のモデルに計算上統一して集団間の死亡率を比較したもの。以下、死亡比)は23区で一番低く、標準化要支援・要介護者比(その集団の介護保険の要支援、要介護者数を、男女、年齢構成から予想される要支援・要介護者数で割って集団比較したもの。以下、介護者比)も23区の中でトップクラスに低い。要するに世田谷区民は23区の中で最も長寿で、元気で他人の介護を必要としない人々といえる(ズバリいえばピンピン、コロリ)。

 こうした世田谷区での農診の存在意義は何なのだろう。それは代々木病院の医療をすばらしいと感じている人々に、地元にて診療所レベルでその医療を提供する、民主団体の運動に役立つ医療活動をする、経堂を中心とする地域医療を行うということであろうか。

 そこで世田谷区を地域分けして検討したところ、グラフに示すように地域毎に死亡比も介護者比も(そして生保受給率も)大変な差があることに気がついた。両者の間には統計上関連が認められた(ピアソンの相関係数R2=0・2559)。このことを世田谷区高齢者集会で報告したところ、死亡比、介護者比が低い地域は高級住宅地だと参加者から教えられた。高級住宅地に住む人々の健康は、人間の生命の本来の可能性を示すものだと思う。農診があったとて、世田谷から低所得者を減らすことはできないけれど、低所得者が人間の本来の生命力を発揮でき、元気で長生きをし、あまり介護を受けなくてもよいようにし、たとえ介護を受けるとしてもキチンとした介護を受けられるようにする、その為のお手伝いをすることは農診の役目ではないだろうか。

 こうして農診の存在意義、活動目標は明確になり、地域の人々の熱い熱い期待を全身に浴びた職員が活気づかない訳がない。次々と要請される各団体の諸会議への出席、健康相談会等は主に事務長、看護長さんが分担して出席し、事務長さんは、コンピューター音痴の私が渡す健康講座や世田谷区の医療・健康状態を示す資料を、心をこめて一目でわかるグラフにパワーポイントを作りあげてくれる。事務長さんは増えた患者さんの事務処理で連日遅く帰っているが、家に帰ってから自宅でその作業をする(そういえばこの間は徹夜をしてやっと間に合ったそうだ)。看護長さんは、増えた困難を抱えた患者さんの医療・介護・家庭問題を少しもたじろがず適切に調整していく(見事!)。不特定多数の人々との対応が苦手なAさんも、このところ患者さんの心に寄り添うような応対がよく見られるようになってきた(かなり無理しているな)。唯一の若手のB看護師は、「午後はここも、あそこも臨時往診に行こう」という私に、ニコニコしながら同行してくれる(前回の往診の時は、往診の事務処理と翌日の診療準備で帰るのが11時になったっていっていたっけ)。こうして無理がたまって疲れてきたところに本部からベテラン事務のCさんを週2単位派遣してくれることになった。緊張感に満ちた皆の顔が穏やかになったように思う。

 非常勤の外来担当の先生方とも、近く、2回目の懇談会を行うことになっている。一つの病院から4人の非常に真面目な先生方が来て下さっており、週2単位しか外来を担当していない私にとっては大変心強い方々である。

 今、農診は、黒字達成と10周年記念行事に向けてパワー全開である。そして私は数年ぶりに医師として至福の時を過ごしている。

(なお、世田谷区内地域ごとの生保受給率は目下調査中)




Copyright(c)2003 medical & welfare All rights reserved.