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再軍備徴兵制復活を許すな
東葛病院 労働組合専従 高木 實
イラク派兵延長を国会で審議することなく閣議決定で決めたり、教育基本法改悪など、軍靴の音が近づいてきているような昨今です。
千葉県憲法会議は12月4日(土)に、「日本国憲法と自衛隊」をテーマに学習会を開催しました。参加者は千葉県各地から80人程集まり、軍事教育史を研究している元八戸工業大学の高野邦夫氏が講演しました。
1941年12月8日未明、旧日本軍はハワイの米軍基地を空襲し、同時にマレー半島コタバルに上陸し太平洋戦争が開始されて63年経ちました。今再び、日本国憲法を改悪して「戦争をする国」へと突き進もうとしています。
1947年5月に施行された憲法が、平和を擁護、発展させる上で計り知れない役割を果たしていることを再認識して、自衛隊が米軍と一体になって海外に派兵展開していることを学びました。
1889年に制定された大日本帝国憲法が、天皇の統治のもとで1945年8月まで国民を苦しめました。1873年に徴兵令が施行され国民皆兵となり、1銭5厘(戦時中のハガキ代)の召集令状で国民を徴用できました。1942年のミッドウェイ沖海戦では航空母艦4隻が一瞬に海底へ沈み、アッツ島守備隊が全滅、ガダルカナル島の食料補給が途絶え餓死者続出、1943年10月に神宮外苑で行われた「学徒出陣」で13万人の学生を召集、満蒙開拓青少年義勇軍の動員は、多くの中国残留孤児を引き起こすという悲劇をおこしました。
再び徴兵制や軍備拡大を目論む勢力は、国会では大きな勢力ですが、地域から、職場から草の根の学習、宣伝活動を積み上げてゆけば、事態は変わると確信しました。憲法九条の会を大きく発展させましょう。
これッテ、樹氷?霧氷? 「オレ、白根ェー」
あだち・荒川土手に桜を植える会 元全日本民医連事務局次長 川口 貞勝
11月29日の上信越国境は、快晴だった。「あだち・荒川土手に桜を植える会」の秘湯クラブ4人は、前日、六合村(くにむら)の尻焼(しりやき)温泉で、長笹沢川をせき止めた大自然の川風呂(50m×100m)で、川床から湧き出るお湯でゆったりお尻を焼いて、この日、白根山に向かった。
リゾートマンションなどで大都会化しつつある草津温泉街をレンタカーで一周し、天狗山道路を登り始めたところ、冬期凍結のため道路は途中で通行止め。やむなく「白根火山ロープウェイ」で山頂駅を目ざした。
視界は全開、風もなく、まさに展望日和。棒名、赤城、武尊(ほだか)、谷川方面がまる見えだ。山頂駅に近づくにつれ、周囲の景色が一変した。緑の熊笹の中に立ち並ぶダケカンバの木々が、真っ白いクリスマスツリーのような姿を、陽光に輝かせているのだ。
「オッ、あれって、樹氷か、霧氷か?」「おれ、白根ェー」「凄いぞ」などと歓声をあげながら駅に降り立った。標高2千m近い白根山地は、一面銀世界だった。スキーシーズンには少し早いらしく、観光客はまばらで、風のない、冬のやわらかな陽に照らされた山々の景観は、音のない、幻想的な世界をつくり出していた。
足の弱い一人を駅のレストランに残し、白根山の麓にある弓池の辺りまで歩くことにした。途中、すれ違う人も2〜3組、白い世界を無骨な3人の中高年が、カメラをあちこち向けながら、「こんな景色、生まれて初めてだ」「俺たち、日頃の行いが良かったのかも」などと言って進む。「あッ、槍ヶ岳が見えるぞ!」と一人が叫ぶ。「すげえぞ!」……あとは声にならなかった。
帰りは嬬恋(つまごい)村に出て、噴煙を吐きながら左右に大スロープを広げた、浅間山の大景観を堪能した。そして、昼食のそば屋で教えてもらった、半出来(はんでき)温泉の露天樽風呂で汗を流して、長野原草津口駅から、吾妻(あがつま)線で帰路についた。
物知りの一人が、枯れ枝に着いた霧氷はあれ以上大きくならないが、常緑樹に着いたものは大きな樹氷になるのだ、と教えてくれた。帰って調べてみたら、水蒸気が凍りつくのが霧氷で、霧氷の中に、樹氷、樹霜、粗氷の3種があるとのことだった。
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