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協同組合法vol21

この人に聞きたい(20)
広く、浅く、何でもかじる

東京勤医会労働組合中央書記長
浅野 義博さん(54)


組合活動も地域活動もマラソンも、興味が湧けばまっしぐら

 「組合の専従で、マラソンが趣味」と聞いて、寸暇を惜しんで走っている生真面目な人を想像した。が、浅野さんは想像とは違った。一筋縄では行かないという印象を与えた次の瞬間、子どものようなはにかんだ笑顔を見せる。趣味を聞くと「広く、浅く、何でもかじる」。浅野さんは多面体人間らしい。

一大決心

 ぼくは高校から陸上部に入りました。おわかりのように、ぼくには吃音の障害があって、小・中学時代はしゃべるのが苦手で、登校拒否になったこともある。黙っている子だった。近所に映画館があって、一人で東映のチャンバラ映画なんかをよく観ました。

 そんなぼくが高校に入学して一大決心をした。「こんな引きこもりのような人間ではだめになる」と思い、どもってもいい、笑われてもいい、しゃべっていこうと決めたんです。ついでに体も鍛えようと陸上部に入部した。小学校の頃からかけっこは得意。でも、高校ではかけっこは通用しない。高校から陸上部に入るのはよほど自信があるか、変わり者かです。ぼくは言わずもがな(笑)。運動部は普通、なかなか退部させてくれないものだけど、ぼくの場合は「大変だったらやめてもいいよ」(笑)と先輩に言われた。

 「君は短距離向きではないし、長距離でもないし」ということで、1500mの選手になりました。人がどうであれ走ることが好きだったから、高校の3年間続けました。これがぼくの自信になった。

いまだ完走ならず

 映画も演劇も好きでよく観ましたが、好きが高じて、大学時代に、高田馬場にアクトミニシアター(ACT)を仲間と一緒に作って、山本薩夫や新藤兼人など社会派映画の上映活動をやりました。

 一方、日赤医療センターで学生アルバイトをしていた関係で組合運動と出会い、一時は専従をやった。興味が湧くとまっしぐらというところがあって、大学は6年かかって卒業しました。すると今度は医療ソーシャルワーカーに興味が湧き、親の反対を押し切って名古屋の福祉大学に入学した。それが4年の秋、母が倒れ、東京に戻らなければならなくなって、ある人の紹介で代々木病院に入職。29歳でした。

 走ることを再開したのは15年ほど前です。学童保育の父母会の役員をやっていた時にマラソン好きのお父さんと知り合い、その影響で都内や千葉、埼玉の市民マラソンにエントリーするようになった。最初は5キロ、10キロのコース、そのうちにハーフにも挑戦するようになり、年に5、6回大会に出場しました。

 10年ぐらい前、東京シティマラソンのハーフで1時間35分という自己ベストが出たんです。「これならフルマラソンも行ける」と、栃木県の大田原マラソンにエントリーしました。毎年11月23日と決められている大田原マラソンは、市民マラソンながら4時間以内という制限時間がある厳しい大会です。15キロ、35キロにそれぞれ関門があって、時間内に通過しないとストップをかけられる。

 ぼくは快調に走り出したんですが、30キロ付近で脚が上がらなくなり、35キロであえなくストップをかけられた。フルマラソンはハーフの2倍ではないことを痛感しました。その後、毎年申し込みはするんですが、15キロでストップされたり、申し込みだけに終わったりで、いまだ完走ならず。いつか完走してみせる!と意気込みだけはあるんですが、今は組合活動が忙しくて、なかなか走る時間がとれません。そういえば映画もあまり観ていない。最近の趣味は飲み屋のカウンターで一人寂しく飲むこと(笑)。

 地域活動では、今も、学童保育運動のつながりで、足立区住区センターの児童部部長をボランティアでやっています。こういう地域活動でできた人とのつながりがけっこう気に入っています。




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