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協同組合法vol.20

医者のつぶやき
新潟県中越地震の支援で川口町へ
代々木歯科所長 小南泰雄

 新潟県中越地震の支援で川口町に行ってきた。関越自動車道からインターチェンジを降りて川口町へつながる道路はまだ通れず、大きく迂回しなければならなかった。途中の道路はいたるところで陥没し、あちこちに崖崩れや倒壊した家があり、地震の凄まじさがうかがわれた。民医連の診療所がある長岡市内の様子とは一見して違う。

 地震発生から3週間経って、電気は復旧していたが水道とガスはまだ出ない。倒壊していない家もその中は物が散乱したままである。ボランティアの「片づけ隊」がお手伝いしましょうかと聞いても、「まだ片づける気にならない、余震がきたらまた倒れるから」と断られてしまうという。

 川口町の入り口にあるボランティアセンターには多くの人が全国から駆けつけていた。対策本部のある町役場にも人がたくさんいた。保健医療関係の支援センターにも他県からきた医療従事者や医学部の学生がひっきりなしに出入りしていた。川口町には代々木歯科の職員の親戚Sさんが住んでいると聞いていたので、町の中心部からは少し離れた地区にSさんを訪ねた。

 Sさんは川口町で町会議員をされている。議員といっても偉ぶったところは全くなく、日焼けした顔に作業服を着た優しいおやじさんという風であった。「震度7の揺れというのは言葉では言い表せません。最初の縦揺れで、座っていたのに天井に頭が着きそうになるくらいに飛ばされたんですよ」。地震以来、町の救済に走り回っていたが、やっと昨日から自分の家のことができるようになったという。

とくにSさんが力を入れているのが仮設住宅の建設。県の建設する分では戸数が足りない。「自分の土地を提供するから建てろ」「認可しなければ議員の辞表を出す」と迫った。他の住民からも土地を提供するという人が次々に出てきたという。「やっと仮設住宅の認可が下りたんです」とSさんはうれしそうに話す。「人間て強いんですね」と言われる。

 川口町の人口は5800人ほどだが、今回の地震で、当初2千人くらいは町を離れるかも知れないと心配された。しかし、復興活動のなかで町に残って頑張りたいという人が増えているという。「3年後を楽しみにしていて下さいよ」「きっといい町になります」「仮設住宅はそのまま残して、川口町に来る人に開放したい」。次からつぎに夢と希望が語られるのに感動した。地震が発生する前にも「コミュニティーづくり」に力を入れてきたという。民医連の提唱する「まちづくり」も、「数年後こんなまちにしたい」という夢と希望が語られ、意気込みを持った推進者と多くの人の協力が必要だろう。

 平時の川口町は「四季折々の美しい彩り、水と緑豊かな」山あいの町である。観光案内には「大自然の中でゆっくりと時間が流れる、やすらぎの郷」と書かれている。今回の地震で町の光景は一変した。しかし、悲惨な光景とは対照的に復興に立ち上がっている町の人、「何か力になれないか」と全国から駆けつけた多くのボランティア、3年後の夢を語る議員さん、すべての人の心が一体になっている、そんな空気が町全体を包んでいるような不思議な感覚にとらわれた。夕方、辺りはもうすっかり暗くなって気温も下がっていた。別れ際に「何もおかまいできなくて」とSさんからいただいた缶コーヒーの温かさが今も忘れられない。




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