逆転の発想
――あびこ民主診療所がオープンしたのが2002年9月、丸2年が過ぎました。内田所長は新松戸診療所の所長からこちらに来られましたので、所長として5年近くの実績をお持ちです。そこで今日は「診療所と地域医療」というテーマでお話をうかがいたいのですが。まず、開設当初の頃のお話からお願いします。
★当初は患者さんがそれほど来ませんので、どうなるかなという不安を抱えながらやっていました。2、3年のうちには経営を軌道に乗せないといけないという責任を感じますから、それをどう果たそうかと毎日考えていました。それが気持ちの中では一番大きかった。
そのときに考えたことは、一つは、病院医療の中では忙しくてできなかったことを、もう一度医療の基本に立ち返ってやってみたいということでした。患者さんから十分な問診をする。話をよく聞く。丁寧に診察する。こういう基本は3時間で40人ぐらいを診療する病院の中ではできません。
患者さんが少ないと、経営目標の数字が頭にちらついて、あせりが出てきますが、ぼくは逆転の発想で、暇だということを自分たちのメリットとして生かせないかと思ったんです。時間があるなら、忙しいからできないと言っていたことができるじゃないか、と。
インフォームド・コンセントって?
ですから、率直に言って、地域医療をどうこうしたいということではなく、「医療ってなんだろう」ということを模索してきました。たとえば、週3回、注射だけで通ってくる患者さんも、30分待って診察室に入っていただいて話をする。
――「症状に変化はありませんか」と聞いて「別にありません」「では薬を出しましょう」だけでは、わざわざ30分待って診察を受ける意味がないと思ってしまう人もいますよね。もう少し突っ込んで話を聞くのでしょうか。
★患者さんを呼び入れる前にデータを確認して流れを頭の中で整理したうえで「変わりない」ことを確認したときのこっちの姿勢と、それをせずに、注射をするから顔を見るというだけの姿勢とでは、言葉の数は同じでも違いがあると思うんです。こっちも「これだけ待たせた以上は何かないかな」と考えますから、カルテを丁寧に見るようになります。丁寧に見れば検査漏れも防げるし、見逃しもしないし、適正な診療もできます。それが結局、医療の安全性につながるし、診療を通じて患者さんとの信頼関係をつくっていくことにもなると思うんです。
今年の春、日本循環器学会でインフォームド・コンセントのセッションがあって聞きに行きました。そこで話されたことは、患者さんは病気に対してある解釈を持って入ってくる、その解釈モデルを早くつかめということでした。たとえば、下痢をしたとき、患者さんは風邪だと思っているか食中毒だと思っているか、さらに点滴してほしいと思っているか。それを今までは、余計なことは聞かないで、症状だけを整理して正確な診断を下さなければいけないという教育を受けてきたし、そういうふうに頭をトレーニングしてきました。でも、それは間違いだというんです。患者さんがどう思っているかを聞き出しながら、それに対して自分の判断も提示し、共通認識を広げていく。その中で必要な検査もやる。患者さんの解釈モデルを正確に認識すること、クエスチョンはクローズドではなく、「他に何かありませんか」とオープンにすること。
学会でこういう話を聞いて、自分が模索していることとかなり一致しているなと思いました。
インフォームド・コンセントは直訳すると「説明と同意」ですが、そのセッションで「話すは放つに通ず。聞くは効くに通ず」という言葉を聞き、全くそうだと思いました。ぼくは今まで「話す」ほうは一生懸命にやってきたつもりですが、患者さんはなかなか納得してくれない、理解してくれない、共感してくれない。説明にはうんと時間をかけて努力したつもりでも、うまくいかない。ということは結局、人の話を聞いていなかったんですね。
医学観の変革につながった
――以前、熱が出て喉が痛かったので医者に行き、「風邪だと思うんですけど」と言ったら、「診断をするのは医者ですから、勝手に風邪と言ってはいけない」とすごい剣幕で怒られたことがあります。
★そういう教育を受けてきたんですよ、ぼくたちは。ひどい人は「風邪だとわかっているなら来る必要はないだろう」とまで言う人もいます。でも、それではいけないんです。「風邪だと思う」と言われたら、「どういう症状で風邪だと思うのか」を聞いていく中で、これは風邪だと医者が判断したらそれでいいし、風邪より重い症状と判断したら、それを説明すればいい。
また、点滴についても、「口からポカリスエットなどが飲めれば点滴は要らない」という教育を初期研修のときから受けてきました。でも、それは間違いだとわかりました。飲んで胃袋に入ったって、胃や腸の中は体の中じゃない、通路なんです。細胞の中に取り込まれて初めて体の中に入ったことになるわけだから、下痢したり吐いたりしてしまえば体の中に取り込まれません。同じ水分なら点滴で入れたほうが患者さんはずっと楽になります。下痢や嘔吐で辛そうにしていた患者さんの表情が穏やかになるのを見ると、点滴というのは思った以上に効くことがわかりました。点滴は最後の手段、過剰診療は避ける、と教えられてきましたが、今は、点滴をやるなら先手を打って早めにやるようにしています。
さらに、当然のことですが、点滴が終わったら必ずカルテを戻してもらい、ぼくが患者さんのそばに行って、「どうですか」と状態を見て、治り際まで見極めます。
インフルエンザの場合も同じです。ぼくは看護長さんにインフルエンザで受診された患者さんへの電話かけをしてもらい、薬が効いたかどうかといった情報をつかむようにしています。それによって、こちらの薬の出し方、診断の正確さがずいぶん違ってきて、インフルエンザの診断に自信がもてるようになりました。
病院では薬を出したら、その後のことはまずわかりません。だから、「多分これでよかったのかな」という診療しかできません。専門性という点からいえば、風邪やインフルエンザの診療が正しくやれるようになったからといって、それが評価につながるわけではありません。そんなことはできなくたって専門医になれる。ぼくは内科認定医と循環器専門医の資格を持っていますが、しかしそれに関係なく、診療所の中で基礎的な力がついたし、自分の医学観の変革につながったと思います。
つまり、地域医療がどうこうという前に、まず自分自身の医療観を持って、それをどう追求するか。そして、それが地域の患者さんにとってどうかという関係の中で地域医療というのは成り立つのではないか。ぼくは特別優れたことをしているつもりはありませんが、「ここに来ると話ができる」とおっしゃる方が多いのが嬉しいです。
試行錯誤が面白い
★予防接種についても同じで、泣かない子どもが増えているんです。集団予防接種の場合、看護師さんが上手に子どもを押さえつけて、泣こうがどうしようが早く終わらせる方法をとることが多いです。
しかし、ここは人手がありませんから、ぼくが子どもを座らせて、「今から注射をするよ。どっちの手がいい?」と聞きながら、そっとやる。すると子どもは泣かない。親はびっくりします。それで、もっと工夫しようと思い、インフルエンザワクチンならば冷えた状態のものを室温に戻しておきます。冷たいものをすぐに打つと痛いんです。それから、注射している途中で泣きそうになったら、手をゆるめる。注射は2段打ち、3段打ちというのは下手の証拠ですが、ぼくは泣きそうになったらやめて、また入れて、泣きそうになったらやめてと、3段打ち、4段打ちをする。すると、結局最後まで泣かずにできちゃったりするんです。結局、ゆっくりやれば泣かない。これは注射の原則です。
針も細いものに変えます。注射器は針がついた状態になっていて、その針を使ってバイアルから薬を抜くわけですが、その針で皮膚を刺すともう切れ味が落ちているんです。だから1回刺した針は捨てて、新しい、もっと細い針に替えて打っています。こういうことを試行錯誤しながらやっていると、面白くてしようがない(笑)。
――在宅医療についてはいかがですか。
★訪問診療は2週間に1回行きますが、気になる患者さんのところには定期日以外でもすぐに行くようにしています。お年寄りはすごくデリケートで、主に肺炎ですが、わずかなバイタルサインの変化でも病状が悪化している場合があるので、それを見逃すと、あとでたっぷり「お釣り」が来て肺炎になって入院となるわけですが、そうなる前に少しずつ小さなサインが、37度台の微熱とかが出ているんです。そのわずかな変化に気をつけて、ご家族に指示を出したり、早めに訪問に行くようにしていると、患者さんによってはあまり入院しなくなった方もいます。全部がうまく行くわけではありませんが、高齢者の寝たきりの方に対する診療も変わりました。
――暇を見方につけて、とおっしゃいましたが、もし忙しくなったら、どうでしょう。
★考え方自体が変わりましたので、どんなに忙しくなっても変わらないと思うし、そのための工夫や努力をしたい。
地域医療というのは、ただ出ていくことではないし、ただ診察することでもない。内科医としてとことん患者さんにつきあうことじゃないかと思っています。
|