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協同組合法vol.16



新松戸診療所所長 戸倉 直実

 医師となってから、しばしば無力感にさいなまれるものの、それ以上の癒しを受けて救われています。障害児として生まれた妹が10歳で亡くなった時、救いたかったと思った私がまだここにいます。何とかしてやりたかったと思う強い気持ちで治さなければと気負っていたように思います。いつからか、出会えた人と共に生きていくことが大事だと気づかされました。肩の力が少し抜けたように感じます。振り返ってみると、出会えた患者さん達の断片的な物語が思い出されます。中でも痴呆と向き合う患者さんたちとの出会いは特に価値観の転換を迫られるものでした。

 高齢者の増加と介護保険の導入により、痴呆を語るタブーが解けました。もはや痴呆を隠さない文化が生まれたともいえます。数年前まで重度の痴呆しか想像できなかった私の痴呆患者のイメージはマイナス面しか見えませんでした。記憶が失われ、社会生活に適応できず、その場限りの生を生きていくしかないと。けれども、軽度の段階からかかわるようになり、痴呆の経過が必ずしも失われるばかりではなく情動がとぎすまされていく経過であることが見えてきました。痴呆介護に携わった多くの介護者から、自分が癒されたとか、家族が再生した、仕事人間だった自分を振り返ったなどの経験が語られていることと共通する体験でした。一方で、そこまで受け入れることができず、家庭崩壊、介護放棄や家庭内暴力が生まれており深刻な問題もおこっています。

 痴呆介護の方法は現代の成熟社会の目指すものと似ているように思えます。人間関係の機微が症状に凝縮されていて、徘徊は畑仕事にいくつもりであったり、嫁いびりは信頼の裏返しであったりします。わけのわからない行動の一つ一つをなぜ? どうして? と考えることが次の介護につながっていきます。その答えは本人の人生の中にあるのですが、往々にして私自身の心にも潜む懐かしいものと共通することがあります。忘れていた本当に大切なものを気づかせてくれるようで貴重な体験をしています。

 それにしても、痴呆があからさまに語られる一方で、本人と家族を支える社会制度の遅れが不幸を生み出しています。軽度の痴呆に悩む方に告知をして薬を開始する時、進行防止ができても、自分で何も判断できなくなる日がくることを告げることはなかなかできません。本人と介護者がその重みに耐えていくために、人生の物語を聞きながら判断の糸口を探します。今可能な選択肢を逃さず提示できるようにアンテナを張っていることが医療人の役割と考えています。

 痴呆を突き詰めていくと、人生の成功は毎日の生活を平穏に送っていくことのように思えてきます。私たちはなんと愚かにも発展や便利を追い求めていることでしょう。テロとその報復戦争が起こされ、生活を支える平和と社会保障が御座なりの改革で切り捨てられようとしている時代に生きて、日本人であることの無力感にも襲われています。そこでまた救われるのは、被爆者を先頭に過ちを繰りかえさぬようにと和解と核兵器の廃絶を求めつづける日本人がおり、民医連の仲間を初めあちこちに、正論を唱え弱いものの立場にも立ちながら地域で暮らしている人々の顔を思い浮かべることができることです。




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