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協同組合法vol16

この人に聞きたい(15)
もう一度バンドを組んで

プロのミュージシャンをめざしていた
東葛病院・作業療法士
根本 賢治さん(29)

 プロのミュージシャンになりたい――根本さんは夢を追いかけて音楽の専門学校に入学した。専門はエレキのベース。卒業したあともバンドを組んで、プロをめざしてあちこちのライブハウスに売り込みをかけた。だが、プロとして食っていける者はほんの一握りだ。このままでいいのか……悩みぬいた末、今の仕事を選び直した。

毎日が夢中

 音楽の専門学校を卒業したあと、4人でバンドを組んで活動していました。バンド名は「タリスマンズ サン」、お守りの子どもという意味です。ジャンルはロックで、自分たちで曲をつくって、ライブハウスにデモテープを送るんです。恵比寿、江古田、中野など、あちこちのライブハウスに出演しました。出演させてもらうかわり、チケットのノルマがある。売れなくて自分たちで自腹を切ることもあったけれど、好きな音楽をやれるんですから、毎日が夢中でした。

 プロのミュージシャンになりたいと思い始めたのは、いつごろかなぁ。両親が音楽好きで2人ともギターをひいたりしていて、家には音楽があふれていましたから、物心つく頃には音楽好きになっていました。こういう家庭環境でしたから、両親は音楽の専門学校に行くことを応援してくれ、卒業したあとも仕送りを続けてくれました。生活費の足りない分はコンビニでアルバイトをしていました。

 とはいえ、いくら好きな道でも、プロになるのは厳しいですから、卒業して2年目に入ると悩みが深くなりました。このまま仕送りを受けているわけにはいかない。かといってアルバイトだけでは生活していけない。このままでは身も心も疲れ果ててしまうのではないか……。すさんでいく先輩をたくさん見ていましたから不安で。だけど、自分の好きな道を信じて頑張っている仲間も大勢います。このまま突き進むか、進路を変えるか。非常に悩みました。

この仕事だったら……

 転機は1995年の夏でした。薬害エイズの問題で川田龍平君たちと一緒に厚生省を取り囲む行動に参加したとき、「いのち」というものを真剣に考えてみたいと思ったんです。自分でつくっていた曲も「いのちの大切さ」をテーマにしたものが多かったので、進路を変えるにしても「いのち」に関係するような仕事につきたいと考え始めました。

 作業療法士の道を選んだのは、バンド活動をやりながら地域の合唱団にも参加していたんですが、そこに作業療法士の女性がいたことがきっかけでした。彼女の職場を見学させてもらったりボランティアをさせてもらったりするうちに、この仕事だったら、と思ったわけです。それで、自分から電話をかけて勤医会の奨学金をもらい、医療・福祉関係の大学に入学しました。

 この仕事について3年目ですが、今、正直言って、ジレンマを感じています。「いのち」と言えるような仕事を果たして自分はやっているのか、それだけの技術を提供できているのか。患者さん1人ひとりの生きることの重たさを前にすると、「いのちを大切に」なんて軽々しく言えません。ここを乗り越えるためにも、もう一度バンドを組んで、今の気持ちを思いっきりベースにぶつけてみたい。そして、前とは違う音を出してみたいですね。

僕のオリジナル曲の中の1曲を紹介

  瞬き(またたき)

すきとおる青い空 夕陽映しだすころ

つめたく あたたかい 風が 吹きます

太陽の輝きも 優しくささやきながら

霜柱に 何かを 伝えています

鳥のこえ 花のこえ 夜空にとどいて

肩よせて 抱きしめて いつまでも いつまでも

星の瞬き それはきっと たいせつな人のおもい

幾千万の人々の 絶えることない 愛のことば




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