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協同組合法vol.16

トピックス/基本の中に本質がある

東葛病院総院長 伊藤淑子

私は怖い存在?

 ――東葛病院は一般病床6病棟295床、療養病床1病棟36床、1日の外来患者数750名という規模の病院で、救急医療も流山市の内科系救急患者の4割を受け入れるまでになっています。職員は医師42名、看護師220名、全体で430名です。最近は医療事故が大きな問題になっていますが、何か特別な安全対策をしているのだろうか……ということで、今日は伊藤総院長に「医療の安全性」についてお聞きしたいのですが。

★正直言って、どうもこのテーマは気が重くて。説教じみてしまうのもイヤだし。「医療の安全性とは」と大上段に構えるのではなく、私が日々何を大事にして今日までやってきたか、私が考えている医療の安全性とは何か、という視点でよければお話ししますが。

 ――もちろんそれでけっこうです。

★私はどうも「怖い」と言われているようなの(笑)。カルテチェックをしたり回診をしたり、少しでも気になると「どうなの?」と聞いたりすることをこまめにやっているからだと思います。患者さんには優しく、仲間内には厳しく、もちろん自分にも厳しく(?)、が私のモットーなんですが。患者さんの命を預かっている医者として、それは当たり前のことだと思っています。その分、「怖い」と見られているようですが。

 たとえば、検査の見落としって、けっこうあるんです。人間の目は「在っても見えない」ということがある。それだけ人間の思い込みというものは強いものなんです。コンピューターにはない、人間くさい点ですね。たとえば、1つの診断名がつくと、それに合う検査データは拾って、合わないものは無意識に捨ててしまうということがあります。そこを違う目で見ると、全然違う道筋ができて、違う診断名が出てくるということもある。私は、異常値については平等に拾って解釈しないといけないと常に言っています。
 こういう見落としを防ぐためにも、私は、集団でのカルテチェックや総回診を意識してやってきました。カルテチェックは「いじわるチェック」ではなく、ダブルチェックです。研修医の回診はやっても、常勤医の回診やカルテチェックはやらないという病院が多いんですが、私は東葛病院に来るずっと前からやってきて、東葛病院でも当たり前のこととしてやってきました。そこでお互いに発見することがたくさんあります。

 また、症例検討会やカンファレンスなどで、複数の目で見る、集団的な目で見るということも大事なことですね。
 要するに私は、日常的なところで当たり前の医療をきちんとやることを目標にしてきたわけです。基本を忘れないということです。たとえば、カルテをきちんと書く、そして、集団でカルテチェックをしたり症例検討会をする。それから、新しい機械、技術を導入する場合は関連職場での学習、研修をきちんと行う。さらに、患者さん・家族とのコミュニケーション、あるいは医療従事者間のコミュニケーションをきちんととる。こうした基本の中に安全性をキープする本質があると私は思っています。

管理・指導力の大切さ

 ――医療を受ける側からすると、たとえば患者を取り違えて手術してしまったなどという横浜市立病院の医療事故は「なんでそんなことが起きるの?」と驚くばかりです。あまりにも単純なミスが重大な結果を引き起こしています。

★医療事故は初歩的なところで起きる場合が多いと思います。最近はどこの病院でも、ミス・トラブル報告やヒヤリ・ハット報告という形でミスやトラブルの原因を明らかにして医療事故を未然に防ぐ活動に取り組んでいます。東葛病院でも「医療安全対策委員会」をつくり、対策を立てています。

 今、医療の安全性に対する関心が高まっていますが、その一番の理由は、医療事故が実際に増えているからだと思います。その原因の一つは、診断・治療が進歩してきて、それに伴って新たな機器や診断・治療法が次々導入されていることです。去年の11月に東京慈恵医大青戸病院で前立腺がんの摘出手術を受けた男性患者(当時60歳)が出血多量で1ヵ月後の12月に死亡するという医療事故が起きました。手術は腹腔鏡下内視鏡的前立腺摘出術という最新の方法で、開腹手術に比べて傷口が小さくてすむ、日常生活への復帰が早いなどの理由で普及してきていますが、その分、熟練した技術が必要です。

 この医療事故では、手術経験の浅い医師が担当したこと、より安全な開腹手術への変更が遅れたこと、大量出血に備えた輸血用血液の確保を怠ったことを理由に、3人の泌尿器科の医師が逮捕されました。ここで考えさせられたことは、1人1人の医師の力量はもちろん重要ですが、なぜ病院としてストップをかけなかったかという点です。医療というのは個人の力量でやっているのではなく、病院としてどう責任をもつか、つまり、管理・指導力が非常に大事なんです。医師というのはともすると「開業医の集まり」になってしまいます。「病院が責任をもって医療をやっています」ということを示すのが院長、総院長や管理の役目だと思っています。

 管理・指導力の力量をあげてゆくために、私が東葛病院の院長になったときに週1回の管理医師の会議を新設しました。

 それから、医療の安全性のために医師同士のコミュニケーションも大事だと言いましたが、そのために「場の設定」も意識的にやってきたつもりです。医師というのは率直に意見を言い合ったり批判したりすることが意外とできないのです。たとえば入院患者さんに行う担当医師の治療に対して、他の医師が「あれはやりすぎ」、あるいは「やらなすぎ」と感じる場合がありますが、それを直接本人には言いにくい。そこで私は、お互いの間に入って意見を言い合えるような場をつくることを意識してやってきました。

 ――伊藤先生から働きかけるわけですね。人にかかわるのは面倒くさいという風潮が強くなってきている中で、見て見ぬ振りをしないというのは勇気が要ります。

★うるさがられても、上に立つ者の責任としてやっています。「東葛病院は大きくなったら親切でなくなった。冷たくなった」という声が聞かれますが、この程度の規模で人が見えなくなるというのは問題です。職員が歯車の一部みたいな意識を持ち始めると見えなくなるのであって、職員間のコミュニケーション、患者さんとのコミュニケーションなど大事にすべき基本は小さな病院と何ら変わらないはずです。

大事なことは頑固に言っていく

★医療の安全性に対する関心の高まりという点で、一番大切なことは患者さんの人権意識が高まっていることです。私自身は民医連の病院に入ってからずっと「親切でよい医療」「患者さんの立場に立った医療」をめざしてやってきたわけですが、ここ数年、それだけでは不十分ではないかという思いもあります。私に任されたのだから、私が全力で患者さんの立場に立ってやりましょうということは間違っているわけではありませんが、パターナリズム(家父長的温情主義)を生む危険もあります。患者さんの人権、自己決定権という視点をきちんともつことが重要だと肝に銘じています。

 医療不信、医療不安の広がりという点もしっかり見なければいけません。先日、こんなことがありました。いろいろ検査をした結果、バセドウ病(甲状腺機能亢進症)と診断した患者さんですが、「こういう薬を使って、こういう治療をします」と紙に書いて説明し、患者さんも「そうですか」と納得して帰りました。3日ぐらいしてまた来院されたのですが、いきなり「セカンドオピニオン(別の医師にも意見を求めること)をお願いします」と言われました。がんなどの場合はこちらから「いつでもセカンドオピニオンを紹介しますよ」と言うのですが、バセドウ病は私たちにすれば当たり前の病気で、セカンドオピニオンが必要とは思わなかったので、びっくりしてしまいました。

 聞いてみると、親戚の人から「そんなに体重が減るのはおかしい。他の専門の医者にもみてもらったほうがいい」と言われ、不安になって夜も眠れなくなったとのこと。再度病状をていねいに説明したうえでセカンドオピニオンへの紹介状を書きました。その医者に「診断は同じです。元の病院で治療したらどうですか」と言われ、その患者さんは「ありがとうございました。安心しました」と頭を下げておられました。

 また、友人から「その薬はやめたほうがいいよ」と言われ、病院が出した薬を飲まずに、サプリメントをどっさり飲んでいる患者さんもいます。サプリメントを持参して「薬と一緒に飲んでもいいでしょうか」と質問する患者さんもいます。医療の安全性と医療不信、健康不安の関係もきちんと見ていかなければいけないと思います。

 ――東京民医連は今年7月に研修センターを立ち上げました。先生はその研修センター長に就任されたそうですね。

★はい。そこでの私の仕事の一つとして、50歳以上の医師の研修を提案しようと考えているんです。医師の初期研修、中期研修はありますから、いわば「熟年研修」といったところですね。

 私は1969年に氷川下病院に入局しました。民医連に入るきっかけになったのは東大闘争で、本当は東大の神経内科に行くつもりだったのですが、ロックアウトで医局に入れませんでした。もともと民医連運動研究集会に参加していましたので、氷川下病院に「入れてください」と自分から門を叩いたんです。そこで1972年から研修指導を始め、その後、鬼子母神病院、王子生協病院、北病院と変わりましたが、一貫して研修指導に取り組んできました。

 若手を育てるということは、医者になったときの初心を忘れない、基本を忘れないということの支えになってきました。勉強を欠かさないということもそうです。そういう意味で、研修医を育てることに全員がかかわっていくといいと思っています。

  私は「ここで言わなくちゃ」と思ったら、率直に言ってきたつもりです。言ったあと、悩んだりして、損な役回りだなと思ったこともありますが、これからも大事なことは頑固に言っていくつもりです。安全性の面でも他の面でも、私の役割は「重石」になることかなとも思っています。もうしばらく頑張りたいと思います。




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