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協同組合法vol.15

読者のたよりから〜パルスオキシメーター はたがや協立診療所看護長・杉本育子

 森川謙二さんが亡くなった。2004年4月、大好きな代々木病院で。トレードマークは、酸素吸入とパルスオキシメーター、大好物のコーヒー。

 7年前、彼はまだ国際医療センターの患者さんだったが、代々木病院友の会の活動を地域で旺盛に展開されていた。

 忘れもしない、本町に訪問看護ステーションをつくる運動の過程で、本町班主催の学習会を3回シリーズで成功させた。講師は、梅津医師、吉田(廣海)医師、園田医師で、健康の話。それに、看護師による「訪問看護って何? ステーションって何?」をセットで啓蒙宣伝。

 森川さんは広く皆さんに呼びかけ、そのおかげで新しいメンバーが参加しては友の会にも入会してくださっていた。そんな光景を部屋の隅でニタニタ笑いながら彼は穏やかに眺めていた。
 いよいよほんまち訪問看護ステーションの開設。原さん(現・鈴木海さん)、曽我部さんと私の3人は、まるっきり知らない「ほんまち」に放り出されたのだ。そんな不安を慮ってか、携帯酸素ボンベをひきずりながら、これまたニヤニヤ笑いつつ、コーヒー豆の差し入れを持って、ステーションに慰問(?)してくれていた。

 それから4年。幡ヶ谷に協立診療所ができた。森川さんのお宅から歩いて5分。彼の体力は少しずつ弱っていたので往診することになり、園田先生と私は、雨の日も風の日も毎週伺った。奥さんの房子さんが「パパ、良かったわねぇ。診療所とステーションができて」と言うと、「そうだよ、俺の為に作ったんだもん」と、ニタッと笑っては相槌を打つお決まりのリアクション。

 端正な顔立ち、トンチの効いた話、人を包み込む笑顔。まさに紳士だった。往診する私たちがいつも励まされていた。

 それなのに彼は亡くなった。肺炎で。

 手厚い看護を続けてこられた奥さんが後日、診療所に見えた。そして、診察室で園田先生に渡した。あのパルスオキシメーターを。毎日何度も何度も指を入れては測った血中の酸素飽和度。その小さな形見を前に3人は涙した。

 でも、その形見は今大活躍している。外来で、在宅で、皆さんの健康をチェックしている。パルスオキシメーター「もりかわ号」と勝手に命名した。

 森川さん、本当にいろいろとありがとう。




江戸川訪問看護ステーションに拾われた捨て猫
           
東葛病院組織部・菅野孝司

 6月はじめのこと。利用者様の軒下で4匹の子猫を発見。心優しき職員が拾ってきました。

もらい手探しの甲斐あって、近所のヘルパーステーションなどに、全員引き取られていきました。

「4、5日だったけどみんなでお世話したのよ」と、二階堂所長さん。




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