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協同組合法vol.15

事業所を訪ねる(14)
野田南部訪問看護ステーションそよかぜ
生きるってことは、おいしいってこと


新規の依頼が増えている

 千葉県野田市は右に利根川、左に江戸川と2つの大川に挟まれ、川の交通の利便性も手伝って、江戸時代初期から「醤油の町」として栄えてきた。野田南部訪問看護ステーションそよかぜ(以下、「そよかぜ」)は2000年8月、介護保険制度が始まった年に野田南部診療所の2階にオープンした。

 「この地域の特徴としては、大きな家が多く、患者さんの多くはご家族と暮らしています。それぞれのご家庭にはそれぞれの闘病、介護の歴史があります。私たちはまずそれを受け入れ、そのご家庭に合わせて、患者さん・ご家族にとって何をすることがより良い方向なのかを考えていきます」と五十嵐きよみ所長は語る。

 野田市には訪問看護ステーションが5ヵ所あるが、その中で24時間連絡体制(携帯電話待機)をとっているのは「そよかぜ」だけだ。居宅介護支援事業を兼ねているのもここだけだ。「勤医会の中では当たり前のことですが、ここではまだ少数です。ギリギリの体制でやっているので、大変ですが」と所長。

 利用者さんは現在62人、ケアプラン数は約40件。スタッフは所長を入れて常勤が3人、パート1人、アルバイト1人、ケアマネのパート1人、非常勤の理学療法士が1人という構成だ。

 「開設当初は野田南部診療所からの紹介がほとんどでしたが、今は診療所が6割、あとの4割はケアマネさんや開業医、地域の病院の医師からの紹介です。ありがたいことに、地域からの新規の依頼が増えているんですよ」

 先日も、ある病院の医師から「患者さんを在宅に帰すにあたって、カンファレンスをやってくれませんか」と申し入れをされた。こうした信頼関係ができるまでには、ひとつの挑戦があった。

押しかけカンファレンス

 自宅で療養していたKさんはじょくそうがひどくなり、車いすで毎日S病院の外来に通院していた。訪問看護の依頼があり、「何はともあれ、じょくそうを治さねば」と考えた所長は、ケアの方法を変更したい旨を家族から医師に伝えてもらうことにした。ところが、医師は理解を示さず、反対に家族が怒られてしまった。そこで所長は、自分もKさん・家族と一緒に病院に行くことにした。「こういうやり方のほうがよろしいんじゃないでしょうか」とていねいに説明したが、医師は「なんで看護師が医師に指示するんだ」という態度で表情を強張ばらせた。それでも所長が粘り強く話すと、「しつこいね」と苦笑いしながらも、ケアの変更を認めてくれた。それ以来、この医師は「そよかぜ」の姿勢を評価してくれるようになったそうだ。

 「他のケースでもそうですが、訪問看護の指示書をいただいたら、こちらから先生に会いに行き、『どういう点に注意したらいいでしょうか』と聞いたり、『こういったものをご用意いただきたいんですが』と提案したりするようにしています。挨拶を兼ねながらの『押しかけカンファレンス』をやるわけです。在宅に帰るために必要なことをこっちから提案していくことは、利用者さんのためにとても大事なことです」

 最初は警戒されたり、立ち話程度しか話ができなかったそうだが、足を運ぶ回数が増えるにつれて理解されるようになったという。そしてついに、「カンファレンスをやってほしい」という申し入れが来るまでになったのである。

 「在宅への帰し方という点では民医連はかなり進んでいると思います。率先して地域に入っていき、自分たちの看護を広めていきたいと考えているんです」と所長は話す。

あきらめず、「ここまで」と制限せず

 利用者の1人であるHさん(50代の女性)はALS(筋萎縮性側索硬化症)で、在宅で人工呼吸器を装着している。病気の進行が早く、2001年12月に退院してきたときは顔も動くし、口から食べることもできたが、現在、動くのは目だけ、それもわずかだ。

 2001年10月、症状が悪化し東葛病院に入院となったとき、Hさんは「死にたい」という言葉を口にした。合同カンファレンスの席で病棟主治医はこう言った。「Hさんは自分がいるせいで周りが迷惑していると思ってしまっている。このままではHさんは何のために生きているのかわからないまま人生が終わってしまう。『生きていて良かった』と本人も周りも思えるようにしたいじゃないですか!」

 生きていて良かったと思えるような援助をする――これが基本的なスタンスとなり、退院後の2002年1月、地域の人たちにも協力してもらい、自宅でホームコンサートを開く計画を立てた。

 「Hさんは歌手になろうと思ったぐらい音楽好きなんです。ALSは体が動かないだけで五感は正常です。ピアノの先生の弾く大正琴のメロディに合わせて、Hさんは涙を流しながら口を動かしていました」

 このあと、Hさんに変化が起きた。お風呂とマッサージだけだったHさんの要求が「外に出かけてみたい」に変わったのだ。そこで、春には清水公園にお花見に行った。それから、コンサート、ディズニーランドにも行くことができた。家族と一緒に出かけることで、家族の中にも変化が生まれた。

 「私たちがあきらめず、『ここまで』と制限せずに働きかけていく。そうすれば、全身性の障害があっても人工呼吸器をつけていても、実現できることはたくさんあるということをHさんから教えてもらいました」

 所長はある映画の中の言葉を忘れない。「生きるってことはおいしいってことじゃないですか。キャベツを食べても大根を食べてもおいしいんです。もしかしたら何も食べなくてもおいしいんです」。こんな気持ちになってもらえるような訪問看護をしたい、そのために力を尽くしたいと思う。





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