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サントスさんは7年前、日本の大学の医学部に留学するためにネパールからやってきた。大学を卒業し、研修先の第一志望に東葛病院を選んだ。ネパールの人たちのために地域医療を学ぶために。
何か自分にできることはないか
ぼくはネパールのタナフンという、首都カトマンズから西に100qぐらい離れた町で生まれ育ちました。ネパールでは地方に行くと無医村が多く、診療所があっても整備されていなくて、大きな病気にかかると、カトマンズなどの大きな町に行かないと治療を受けられません。こういう現実を見て、高校のとき、何か自分にできることはないかと考え、医者になろうと決めました。
ネパールには義務教育制度がないので、貧しかったり学校が遠かったりで学校に行けない子どももいます。ぼくの親は金持ちではないけれど、子どもには学問をさせたいという考えだった。
なぜ留学先を日本にしたかというと、高校のときの先生が日本への留学経験があり、授業中に日本の話をしてくれ、興味をもったんです。私費では無理だけれど、日本の文部科学省が留学支援制度を設けていて、ネパールから毎年2、3人留学しています。ぼくもそれを受けて、東京医科歯科大学に留学できることになりました。
ネパールに東葛病院のような病院をつくりたい
日本に来て1年間は日本語学校に通い、1年後に医学部に入学しました。1年間でコミュニケーションは何とかできるようになったけれど、最初の頃は授業についていけなくて。まず医学専門用語がわからないし、漢字はもう大変なんてもんじゃない。日本人の友だちのノートを借り、友だちに教えてもらいながら、何とか。
研修医になるとき、2つの道があった。大学に残るか外に出るか。ぼくは、何年かして国に帰る、そのときに役立つ知識は何だろうと考えました。ネパールの田舎には設備もないし医者もいない。自分が1人で診なければいけなくなるかもしれない。そうすると、1つの病気、1つの専門だけをめざしていては、みんなの病気に応えられない。東葛病院のように地域医療をやっている所で基本的な診療を身につけたほうがネパールの人々の役に立つ。そう考えたんです。
東葛病院は研修先の第1志望でした。大学の2年のときから実習に来ていて先生方も職員の方も知っていたし、何より、医師とスタッフが意見を交換しながら、患者さんのための医療をやっています。ぼくはここに惹かれました。
それに、先日、医療と健康を守る会の旅行に参加させてもらったんですが(写真)、会長さんが「私たちが東葛病院を支えています。みなさん、よろしくお願いします」と病院のために協力を呼びかけていました。地域医療をみんなで支える、病院の中で働く医者やスタッフは地域の人たちのための医療をやる。ネパールに帰って、東葛病院のような病院をつくれたら最高です。その方向に仲間をつくっていきたいと思っています。 踊っているとき、女性は優雅に、常に笑みを絶やさないですよね。でも実際は課題がいっぱいあって、頭の中は「あそこを直して、ここを注意して」とフル回転しています。楽しければいいというものではないところが社交ダンスと違う点です。
それに、学生のときはステップを全部決めていて、次は何が来るとわかって踊っていたんですが、今は男性がステップを決めていますから、次にどんなステップが来るか、神経を研ぎ澄まして男性のリードを体で聴いています。
競技ダンスの基本は美しい姿勢で立つことだと思います。ちゃんとした姿勢を保っていれば、そこにしか足はつけない、そういう角度にしかならない、という位置が決まっている。ステップは後からついてくるものであって、一番重要なのは美しい姿勢です。大学によっては1年生には、ひたすらまっすぐ立つことしか教えない所もあるほどです。
去年、アマチュアの試合で560組中6位に入賞しました。アマチュアもプロもレベルが級に分かれています。もうすぐまた大会がありますので、そこでファイナルに残って昇級をめざしたい。練習を積んで級を上げていくのが今の目標ですね。
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