サビは落とせばいい
勤医会東葛看護専門学校(以下、看護学校)は今春10期生を迎え入れた。これまでに総勢564名(1科261名、2科303名)の学生が巣立ち、ここで学んだことを実践している。
「来年10周年を迎える看護学校はどのような教育をめざしてきたのでしょうか。でも、こんな質問をしても一口では語れませんよね」。三上満校長にそう言うと、「いいものがあります」と1枚の紙を見せてくれた。「教育宣言」という大きな文字が目に飛び込んできた。去年、看護学校は、どのような学校・教育をめざすかを「教育宣言」にまとめあげたのだという。この宣言に沿って三上校長に話を聞けば、看護学校の姿が明確になるかもしれない。
前文にはこう書かれている。「1995年創立時、学校は『憲法と教育基本法』をあらゆる教育活動の土台に据えることを宣言した。その初心は不変である。無数の生命を奪った戦争への深い反省と人間として生きる権利の深い自覚なしに、医療も看護も、そして教育も成り立たない」
深い反省と深い自覚……。「看護は人を大事にする、命を大事にするという二重三重に人間に深くかかわる仕事ですから、憲法と教育基本法を土台にするのは当然のことです」と三上校長は言う。
さらに「宣言」は、めざす学校像として3つあげている。
1. 学生が「学び」と学校生活の主人公となり、友情をはぐくみ、自主と自治と協同の力が育つ学校。
2. たしかな知識・技術を身につけていく厳しさと、はげまし、助け合いの暖かさをあわせ持った学校。
3. 教職員も学生もうちとけ合い、ともに苦楽を分かち合い成長していける居心地のいい学校。
「この学校には成績順位はありません。上から押しつける教育ではなく、『生命活動の探求』『地域フィールド』などの教育活動から、体育祭、学校祭などの行事まですべて学生が中心になって行います。管理教育、序列教育とは全く違いますから、最初はとまどう学生もいますが、管理教育で身についたことなんて『サビ』みたいなもの、サビなら落とせばいいんです。人格に影響を及ぼすものではない。少したつと、学生たちはじつにいきいきと積極的になります」
サビは表面に付着しているだけ、人格に影響を及ぼすものではない、という言葉にとても納得した。その裏で、サビを落とすために教員たちが日夜努力しているだろうことに思いを馳せながら。
2つの門を持った学校
めざす学校像の2番に、「厳しさと暖かさをあわせ持った学校」とあり、3番には「居心地のいい学校」とある。
「看護師になるためには、看護に不可欠なたしかな知識・技術を身につけなければいけません。学ぶことは厳しいことです。しかし、この厳しさは序列をつけたり切り捨てたりする厳しさであってはいけない。励まし、助け合いの暖かさをあわせ持った学校、つまり厳しさと暖かさの2つの門を持った学校でありたいですね」と三上校長。その具体的な看護教育については1科教務主任の石倉啓子さんの話を読んでほしい。
今年1月、1年生が初めて受け持ち患者さんを持つ3週間の実習を行った。そのときの体験を山本浩毅さん(1科2年)はこう語る。
「他の看護学校に行った人の話を聞くと、1年では実習に出ても2、3日だけだそうで、ぼくらの学校がいかに実習を重視しているかがわかります。実習で求められるものは高いけど、その分、力になっていく。実習もそうだけど、終わってレポートをまとめて、ゼミで発表して、と自分の頭で考えるから力がついていくんだと思う。
3週間の実習を終え、最後の日にグループメンバーで患者さんのところにあいさつに行ったんです。その方はずっと寝たきりで状態もよくない方ですが、かすれ声で『いい看護師になってね』と励ましてくれました。辛い状態の中で自分たちを応援してくれる患者さんがいる……患者さんのことを支えに頑張っていこうと思いました」
同じ1科2年の丹伊田友紀さんも患者さんとの出会いを語る。
「実習に行くと、患者さんは本物の人間で、生きているわけで、その人をとらえるのも難しいのに、病態となるともういっぱいいっぱい。眠れずに翌日の実習に行ったこともあります。3週間はつらかったけど、最後の日に『あなたと別れるのは寂しいわ』と言われ、もっとこの人のそばにいたい、もっとこの人のために何かしたいと思いました。患者さんの言葉ってすごい力です」
2人にどんな看護師になりたいかと聞くと、「人の辛さや痛みがわかる看護師」という答えが返ってきた。
この実習の発表を聞くと、いつもながら1年間の成長ぶりに目を見張らされると三上校長は言う。「たとえば、『辛い』とばっかり言っていた患者さんが、あるとき、実習生が何かしてあげたら、とても喜んでくれた。患者さんから辛さでない言葉を初めて聞けたとき、『我が事のように喜んでいる自分を発見した』と。我が事のように喜んでいる自分と出会えたことが非常に大きな経験だったと。こういう発見がいいなあと思いますね」
三上校長は、学校には詩がなければいけないと言う。では、何が詩になるのか。「まず出会い。辛い出会いもあれば嬉しい出会いもある。特に実習の中での患者さんとの出会いと別れですね。いろいろな出会いが詩的な体験になる。もう1つは涙です。『できた!』という感動の涙、『だめだった』という悔し涙。これが人間的なひとつの詩になっていく。そういう点では、この学校は詩のある学校だと思います」
「宣言」の最後にこう書かれている。「教育とは、ともに希望を語ること。希望とは、人間への信頼、明日への信頼、そして自己への信頼にもとづいた持続的な感情である」。胸の奥に直球を投げられた気がした。
事務長になって5年の三輪田達事務長はこうしめくくった。
「患者さんに心を寄せて、患者さんのために立ち止まることができる看護師になってほしいというのが最大の願いであり、そのためにはどういうことを大事にしなければいけないかを教えるのがうちの学校です。この10年の到達は学生とともにつくりあげた成果であり、こういう教育機関を持っていることは何ものにも代えられない無形の財産だと思います。今後は教員たちの世代交代も含めて、次の10年を見据えていく必要があります」
人間が好きになる教育を
うちの学校は「患者さんの事実を科学的につかむ」ことを基本に据えています。事実とは、患者さんの疾患と病気と闘っている患者さんの生命活動、それから生活史・生活背景です。さらに病気をなおしてこんなことをしたいという願いも含まれます。患者さんの生命活動を支援し願いを実現するために看護はどうあればいいか。この2つの視点で看護方針を立てて展開するために、以下のことを学びます。
1 たしかな知識と技術。解剖学と生理学は本質を理解させるためにグループワークで徹底して教えます。
2 生命活動の学習。健康に生きようとする人間の体の力がどんなに巧みにつくられているか。それが病気になるということはよほどのことであること。正確な知識を追求することで人間の体の素晴らしさを学びます。
3 健康に生きることは人間の権利であるということをとらえさせる。そのために地域フィールドの学びを重視します。地域の中小企業、農業、自営業などの現場に出かけ、生活するということ、働く喜びや誇りなどを体験的にとらえさせます。
4 「日本国憲法と平和と医療」をテーマに、人間の生きる権利を平和の問題と関連させながら広く学ぶために、研修旅行(3年秋)を行います。場所を決めるのもテーマを掘り下げるのも、全部学生が主体的に行います。これまで沖縄、中国、韓国、九州などに行きました。
今、看護教育全般の傾向として、あるデータベースをつくり、看護診断も看護計画もそれにあてはめていく教育が広く行われています。全部マニュアル化されているわけですが、「あてはめの看護論」ではどうしても出てこないものがあります。それは、患者さんの願いを実現させる視点、それから権利としての健康という視点です。うちも不十分なところはまだたくさんありますが、少なくとも学生たちはこの2つの視点で学ぶことで、患者さんが好き、患者さんのそばに行きたいという気持ちが強くなります。自由で民主的な校風の中で学び、人間が好きになる。ここが東葛看護専門学校の大きな特徴だと思います。
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