 |
1954年3月1日、太平洋ビキニ環礁でのアメリカの水爆実験から50年、歴史的な年の3・1ビキニデー集会に、東葛病院代表として、2月29日、3月1日の両日参加しました(他に守る会から2人、東葛看護学校から2人で計5名)。
2月29日(日)は、日本原水協主催の全国集会。全国から「核廃絶」「イラク派兵反対」など、草の根の活動を持ち寄り交流しました。
3月1日(月)は、午前9時30分、焼津駅前に2000人が集まり、50年前ビキニ核実験で被災し、「原水爆の被害者は私を最後にしてほしい」と言い残して亡くなった「第五福竜丸」無線長、久保山愛吉さん(当時39歳)が眠る弘徳院まで、冷たい風雨をついての献花墓参・平和行進。約1時間で到着後、墓前祭。私も「人殺しの核兵器は必ず廃絶するまで闘うぞ」と誓いました。
午後は、場所を焼津市文化センターに移し、3・1ビキニデー集会。来賓挨拶の戸本隆雄焼津市長は、「世界から一刻も早く核兵器の廃絶を」と訴えました。
海外代表、ジョン・アンジャインさん(水爆実験当時のロンゲラップ村長・ロンゲラップ島民の50年にわたる被害と苦難の語り部。息子は実験が原因の白血病で19歳で死亡)は、島民に対するアメリカの非人道的な扱いについて、50年間の怒りをこめて車イスからの発言。
アメリカ代表のジョゼフ・ゲインザさん(歴史と神学の専門家)は、アメリカ政府の一国行動主義、軍事力による世界支配を批判し、「共に平和の行動をしよう」と呼びかけました。
最後に、被爆者と連帯し「核兵器も戦争もない平和な世界」をつくるため、「アメリカのイラク戦争」反対、「自衛隊イラク派兵中止・撤退」、「核廃絶署名」を推進し、国民平和大行進、原水爆禁止2004年世界大会の成功に向けて、共同と運動を、草の根から大きくひろげて行く事を全員で確認し、熱気に溢れた集会は閉会しました。
今集会は、10代後半から20代の青年の参加が多く、全体の雰囲気を大いに盛り上げ、この運動に明るい未来を感じました。
私は、これから出会う多くの方に呼びかけて行きます。「平和の行動を共に」と。
【写真と文】東葛病院社保・組織課/金城 健栄
|