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協同組合法vol.12

事業所を訪ねる(11)
(医)東京勤医会 新松戸診療所
暮地域の中に入っていって、地域の人たちと一緒にやっていく


地域から見放されたらどうしよう

 新松戸診療所は今年の4月で“23歳”になる。1981年4月、東葛病院の開設に先立って「病院のモデルルーム」として開設された。東葛病院倒産の激震の中で診療所も資金繰りに困り、家賃の支払いができなくなり、立ち退きを迫られるという事態に陥ったこともあった。診療所もまた東葛病院と同じように、「医療の火を消すな!」の住民パワーに支えられて医療を守ってきた歴史をもつ。
 2002年8月、所長が交代することになり、東葛病院リハビリ科の戸倉直実医師が所長として、11月には関智子さんが事務長として異動した。翌03年1月、新年だというのに事務長の気持ちは沈んでいた。「患者さんが半日で2ケタ行かない日があったんです。どうしようと思いました」

 これには理由があった。新松戸診療所は内科・神経科の両科を有し、患者さんで賑わっていた。それが02年5月、神経科が「新松戸メンタルクリニック」として同じビルの3階に独立、新松戸診療所は内科だけの診療所となり、どう特徴を出してやっていくかという課題を抱えていたのである。

 「この地域には病院・クリニックがたくさんありますから、努力しなければ患者さんは来てくれません。地域活動という点でも、診療所が社保協の事務局長を引き受けていたようですが、会議が開かれていなくて開店休業状態でした。地域の人からは『もっと地域に関わってほしい』という切実な声が出されていたんですが、どこから手をつけていいかわからないという状態でした」

 ちょうどその頃、国保の会を立ち上げたいので、診療所も関わってくれないかという要請が来た。ここで手をこまねいているようでは本当に見放されてしまう。事務長は腹を固めた。

 「とにかくこっちから地域の中に入って行って、地域の人たちと一緒になってやっていくのが私の役目だろうと。そうやって地域から信頼される中で患者さんを増やし、診療所の経営も守っていく。実際、患者さんが受診できないのも、医療機関の経営が成り立たないのも、国の社会保障制度のあり方が問題なんですから。真正面から挑む――これしかないと思いました。それで、友の会にも民主団体にも『挨拶の場があれば、いつでもどこでも出かけていきます』と宣言して地域に入っていきました」

多様な活動に取り組む

 事務長はまず、「国保をよくする松戸市の会」を地域の人たちと立ち上げ、国保料の引き下げ、減免の運動を開始した。松戸市は47%が国保世帯であり、うち滞納率は20%。松戸駅東口で街頭宣伝行動を行っていると、じっと佇む男性がいた。聞くと、「会社が倒産して一時金として50万円をもらったが、国保の請求が同じ50万円だった。今話していたことは俺のことだと驚いた」。国保を払うために借金をし、それがきっかけで多重債務に陥った人もいる。切実な声を背負って、03年6月と10月の2回、松戸市交渉を行った。

 社保協については事務局長を土建にお願いし、関事務長が事務局次長を引き受け、活動を再開した。地域の民主団体の会合にも積極的に参加して人脈を広げ、「診療所がこういう所まで出てきてくれるとは思わなかった」という声が聞かれるようになった。
 また、商店会の役員も引き受けた。去年7月の「新松戸まつり」には商店会がテントを用意してくれ、その中であおぞら健康チェックを行ったところ、100人以上が訪れて賑わった。

 さらに友の会や各主団体に医療懇談会を開いてもらうよう働きかけ、戸倉所長が講師として出かけた。老人会でも医療懇談会が実現し、このときの参加者が患者さんとして来てくれ、「ここは老人に優しい診療所ですね」と喜んでいた。

 「多様な活動をする中で、地域の患者さんが1人また1人と来てくれるようになったんです。団体の健診も増えました」と事務長。
 常勤スタッフは所長、看護長、事務長のほかに看護師が3人、事務が1人の計7人。中の仕事だけでもてんやわんやだが、診療所では「職員全員で地域に出る」ことを追求する。健康チェックは昨年、ほとんど毎月行った。

当たり前のことができる診療所に

 もともと診療所をやってみたいと思っていた戸倉所長は、「診療所というのは奥が深くて興味が尽きない」と話す。いかに患者さんを引きつけるか、診療所としての特徴をどう打ち出していくか。所長の責任は重い。

 「地域の人たちのかかりつけ医として、『あなたの専門医は私です』と言えるような医者であり続けたいと思っています。だから、何でも相談してくださいと声をかけます。そう言うと、『じつは……』と話し出す患者さんが非常に多いですね」

 「じつは」の話を聞き、戸倉所長は「なぜ、そうなったのですか?」と踏み込んで情報を聞き、「あなたの選択肢はこれとこれとこれがあります」と患者さんに情報を伝える。選択するのは患者さん本人だが、「診療所がいいなと思うのは、その結果を患者さんがわざわざ言いに来てくださることです。私のところに情報が集まれば、じゃあ今度はこうしましょうかと、次の判断ができます」

 この頃では患者さんが多い日には、夜間までで1日90人ぐらいになるため、話す時間が足りないのが悩みだ。

 往診にも精を出す。この間の特徴的なことは、在宅での看取りが8人あったことだ。「なのはな訪問看護ステーションや健和会グループのあおぞら診療所などと連携することで、幅広く看取りの取り組みができました」

 地域での医療連携によって、診療所の存在意義を強めることができるとわかった。さらに同じビルにメンタルクリニック、歯科、訪問看護ステーションが入っていることも強みだ。

 「当たり前のことができる診療所」。これは去年1年間、診療所が追求してきたテーマである。当たり前のことを当たり前にやることほど難しいことはない。「民医連なんだから」という甘えはないか、本当に患者さんや地域の人たちが望む医療ができているか。このテーマは職員に自己変革を迫るものとなった。

 「この1年、職員全員が一緒になって多様な取り組みを行い、地域に出て行き、そういう中で今年度は予算を超過達成することができました。今、新松戸はとても元気です。だけど、生活苦はどんどん進行していっているし、世界情勢も予断を許しません。1年先のことは予測がつかない中で、地域の人から信頼されるためには、やっぱり地域に出て行って、一緒になって世の中を変えていくことだと思うんです」と事務長。どっちを向いたって甘くはない時代だ。だからこそ、所長も事務長も愚直なまでに地域に目を向けている。





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