やはり高橋尚子陣営は、残された選考レースである名古屋国際に出場しないで同レース後開催の選考委員会の結果を「静かに待つ」という方針になったという。もちろん、この発表は、前日開催された大阪での結果を見てからである。その大阪でのレースは有力選手が「優勝」を意識しすぎて牽制し合いが続き平凡な記録になった。
なんとも割り切れない、すっきりしない。高橋サイドがこのレースをどんな気持ちで見ていたのだろうかと思うと。
有力選手が競い合い日本記録に近いレース展開になっていたら、どうしたのだろう。途中でレースが読めたところでどんな表情で名古屋に出ないことを決めたのだろうか。
「陣営」「サイド」と書いたように、「高橋尚子」は高橋尚子一人のものではない。多くの構成員によりチームが作られている。プロ宣言した人はこうしたチームによって、技術的にも精神的にも支えられる。もちろん、スポンサーがチームの重要な柱である。こうした選手の周囲の取りまきによって、いつの間にか、キャラクターも作られてくる。優等生キャラやヒールっぽい人、お笑いキャラなどなど。
だから、見る側からは、単にマラソン選手というスポーツ選手という情報にプラスされたイメージで見ている。本当の個人は、どこにいるか、本当はどう思っているのかはなかなか見えない。
プロ化でもしなければ世界を視野には入れられないし、経済基盤がないと選手生活するできないのも現実である。
しかし、スポーツはスポーツである。商業主義はやむを得ないにしても、スポーツマンシップやフェアプレー精神まで、失っていいと言うことはない。まだスポーツなんだから。(か)
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