今、話題になっている『バカの壁』(養老孟司著・新潮文庫)を読んだ。氏が独白したものを編集者がまとめるという方式をとっているので、読みやすい。第一章「『バカの壁』とは何か」では、大学での授業で、ドキュメンタリー番組のビデオへの学生の反応を分析しながら、「自分が知りたくない情報を遮断してしまうこと」も、一種の「バカの壁」という。
養老氏の専門の大脳生理学的な話や知識から、話は科学論や教育論などへと様々に広がる。題名の「バカの壁」について、まえがきの中で「結局われわれは、自分の脳に入ることしか理解できない。つまり学問が最終的に突き当たる壁は、自分の脳だ。人にはわからないことがあると思うのは当然で、誰にでも『バカの壁』はあるのだ」という。
がん告知で桜が違って見える話から、「知る」ということの意味、また知ることで自分が変わるということのすごさなどを解く。
私も定年を間近にする年齢になってもいまだ「知らなかった」ということで冷や汗をかく思いをすることもよくある。最近は医療経営の一端に居たものとして、ある人に言われた「原付免許で大型車を運転」してきたとの自省が重くのしかかる(自分が運転手であったどうかは別に)。
医療や福祉の仕事は多くの専門職により進められている。しかし、事務系と言われる人には、入職時にも入職後にもなんらの「免許」は求められてこなかった。なにも国家資格だけを意味するつもりはないが、少なくも無免許や原付免許だけにしない事務系職員集団づくりは急務ではないか。これも「バカの壁」を知ってこそであろう。(か) |